『これが―今生の別れとなりやしょう』

 其の瞬間を、きっと己は一生の間忘れはしないのだ。
 薄く残った足の疵を、無意識に指でなぞる。
 夢だった等と思えず、現実だと思えば胸が詰まる。
 其れでも悲しみに任せて、己の幕を己で引くことだけはならぬ。

『死ななきゃ引けねェ幕ならば―』

 男の言葉を思い出しながら、目を閉じた。

― 死ぬまで開けておけば好い

 閉める必要など何処にある。

― 辛くとも、哀しくとも、其の時が来る迄開けておけば好い。

 胸の奥から、何かが込み上げて来る。
 喉が痛い。目頭が熱い。

 今生の別れ

 男がそう云うならば、生きている内に二度とは逢えぬだろう。
 そういう男だと、彼は知っている。

― それでも

 彼は思う

― 今生の別れと言うならば

 死後の世など生きている者の内にしかないと判っているけれど
 今生を全うした其の時には…―

― また、貴方に逢えますか


 りん、と鈴が鳴った。






-------------------------
死後の世が無理ならせめて後生で
そう思わずにはいられないほど