音   色  が  誘  う  は  二  つ  の  想  い






百介の部屋の前に立つ。
戸は開け放してある。
養い親は、まだ小夜に気付いていない。
すぅと風が通ると、風鈴がりん、と鳴った。

帳面を捲る手を止めてゆっくりと顔をそちらに向ける養い親。
その顔は酷く穏やかで、酷く優しくて
そのくせ、酷く切なそうで、酷く悲しそうだったから
何だか部屋に入り辛くなって、声も掛け辛くて
そのまま、小夜は百介の部屋から離れた

少しだけ遠くでまた、りんと風鈴が鳴る音が聞こえる。

あの風鈴の音に、何を思い出しているのかなんて
百介が何を思っているのか、誰を想っているのかなんて
判り過ぎるほどに明らかで

内で繰り返す時間は、きっと同じ。
その度、小夜は少しだけ遣り切れない様な、何とも言えない気持ちになるのだ。
一寸した、苛立ちに似ているのかもしれない。

― 何サ

百介に対してそう思うのではない。
決して養い親の内から離れることの無い『彼の人』に対してだ。
百介にあんな顔をさせる彼の人に、微かな苛立ちを覚えて


恩人であることには変わり無いし、感謝だってしているけれど




百介が、百介の内に秘めたものが、余りにも哀しくって




こんな時決まって小夜は




養い親にあんな顔を、あんな気持ちにさせる御行が、又市が






少しだけ、ほんの少しだけ、嫌いだと思う







りん。









また風鈴が、少しだけ遠くで鳴ったのが聴こえる。









百介の心を想って、小夜は目を伏せた。














退廃的100のお題
079:止められた時
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何時までも心に住まうんだ