「あはは、振られたよ」 ― …またか H e i s t o o C L E A R 優しそうな瞳。柔らかい声。 感じのいい少年ではあるが、口にしたのは笑って言うことではないかもしれない。 隣のクラスのこの少年と、仲良くなったのはつい一ヶ月くらい前だ。 地下鉄の中で偶然話すようになってからというもの、少年はよく少女に話し掛けに来る。 どうも最近親友扱いな気がしてたまらない。 ― それはそれで構わないけどさ 少女は自分の席について、出入り口のところに立っている少年を呆れた顔で見つめた。 「いきなり挨拶もなしに、あたしを見つけざまにその報告ってさぁ」 「教室帰るときに見えたから、報告しとかなきゃと思って」 「そぅですか…」 「何か用事でもあるの?こんな時間まで残ってさ」 「や、なんとなく?」 「そっか」 カバンとって来るから一緒に帰ろうよと、こちらがウンともスンとも言わないうちに、自分のクラスに戻っていくと、1分も経たないうちに自分のカバンを持って少年が少女のクラスに入ってきた。 「で?」 「『で?』って?」 「無遠慮だけど聞いとく。やっぱり好きになれなかったわけね?」 「ウン」 問い掛ければ、キレイとも呼べる顔が満面の笑みに彩られる。 絶対そこは爽やかに笑うところではないと、少女は内心突っ込んだ。 少年は少女の前の席に移動すると、どっかりとその椅子に腰をおろした。 「多分女の子に『考えてることちっとも判らない』って言われたんでしょ?」 「すごいね、当たってる」 自分で口にして、少しうんざりした。 でも何となくあの子なら言いそうだなと、この少年の『彼女』の座に着いたつもりで居ただろう、どこぞのクラスの女の子の顔を思い浮かべる。 それは大変にかわいらしい女の子だったけども。 つい3週間前に振られたとか言う女の子もそれはそれは大変に。 「付き合ってって言われたときに言ったんだけどなあ」 「…君のこと好きになれないよって?」 心底驚いたように目が丸く見開かれる。 ああ、やっぱりかと漠然と思い描いていたことが確信に繋がった。 何となく、何となくだけれどそんな気はしていたのだ。 ― この子、誰か特定の子と恋愛するって感じしないしね 「なんで判ったの?」 「何となく…ね」 「他に何が何となくわかる?」 「え?」 「言ってみてよ」 「女の子『それでもいいから』って言ってたんじゃないの?きっとあんたがウンともスンとも言わないうちに、向こうが付き合ってる気分になってたか、だね」 「それから?」 まだ言わせるのかよとそんな気分がよぎらないでもなかったが、止めるのも面倒なのでそのまま喋り続けることにした。 目の前の優しい眼差しを持つ少年は、それは興味深そうににこにこと聞いている。 ― …性質の悪い… 「彼女気分で来るけど相手しなくて、携帯の番号もメアドも教えなかったと」 「うんうん」 「あんたのことだから、そこらへんの女たらしみたいに手も出してないと」 「おー、すごい」 「女の子は彼女気分だから『あなたの考えてること、ちっとも判らないの』と」 「そうなんだよねー。でも一応振られたってことになるんだよね?これ」 「知らない。でも『付き合ってた』なんていえないよね」 苦笑して少年の顔を見れば、優しい微笑み。 でも瞳の奥にはやっぱり、寂しそうな、痛そうな色が湛えられていて。 女の子だって十分痛かっただろうけど、とは言わないことにした。 「そんな悲しそうな目ぇするなら、最初から断ったらよかったのに」 「悲しそう?オレ?」 「うん」 驚いて開かれた目。 今日はこんな顔を見てばかりだ。 きっとわからないのだ。他人には。 この少年の気持ちなんて。 人当たりはいいけれど、馴染もうと自分でもしているところもあるけれど それでも馴染みきれない、人とは違う一線。 何にもこだわれない、そんな痛みが。 隠しているものは多そうだ。 それは多分、知ろうとしてはいけない。 抱えているものは大きく、根深い。 受け入れるだけの、器があるだけでは到底無理だ。 無条件に、この少年自身が受け入れられる相手でなければ。 「本心は見えにくくて、本音は見せたくなくて」 不器用だね 苦笑してそう言えば、ほんの一瞬だけ、見逃してしまいそうなほどに僅かに歪められた顔。 今にも泣き出してしまいそうな。 それはどことなく繊細な、きれいなガラスみたいで。 自分にも、これから仲良くしていても、見えないところはたくさんあるはずだ。 それを知りたいとは思わない。 気付いたときに、ゆっくりわかっていけばいいと思う。 ガラスみたいに、透明すぎて見えない、この少年の心が。 「これからはちゃんと、断る」 柔らかく呟かれたその言葉は きっとココロからの言葉だと思ったから 少女は声に出さずに笑って答えた |
文字書きさんに100のお題 011:柔らかい殻 |