朝の電車は、色々な人がいる。


メイクしたり、新聞読んだり、眠ったり。


一生懸命、忙しく動く、一日の始まり。







         








「おはよ。」
「おぉ、久しぶり。」


地下鉄で、知った人を見かけて、声をかけた。
大学を卒業してからも、偶然ちまちま会う人だ。
社会人一年目の頃より、やっぱりスーツが様になってきてて、なんか不思議な気分がした。


「最近どう?」
「どうって何。」


あたしの問いかけに、彼は笑う。
確かに、脈絡も無いし、中々答えようも無い質問だよなと、してみてから思った。
こういうとき、すぐに困ってしまうのがあたしの常で。

あたしの様子を見ながらぷっと吹き出すと、目を細めて、まぁぼちぼちじゃない?と答えてくれる。

学生時代から、何だかんだ言いながら優しいとこは変ってない。

少しホッとして、あたしも笑うと、彼はそっちは?と地下鉄の窓越しに映ったあたしを見ながら言う。
こーゆーとこも変ってなくて、なんか懐かしくなった。


「うん、あたしもぼちぼち。」
「どーせドジばっかしてんでしょ?」
「しっつれーだなぁ。」
「だって事実じゃないの?」
「う…。」


言葉に詰まったあたしを、チラリと横目で見やる。
意地悪なんだか、なんだかわからない目で。
恨めしい目つきで軽く睨んだあたしを見て、彼は喉でククッと笑った。


…ちくしょう。(まぁ、お下品


「この前さ、山瀬さん見たよ。」
「えぇ、どこで?」
「ほら、あの新しくできたトコ。」
「ふぅーん。」
「声かけられなかったけどさ。」
「そうなの?」
「だって彼女と一緒だったんだもん。」
「そりゃムリだわ。」


懐かしい名前の出てくる会話に、無性に胸が痛んだ。


他愛も無いのに、無性に痛い。


忙しい毎日に追われすぎて、友達とか、バイト仲間とか、ちっとも連絡取れなくて。
もしかしたら、それは言訳かもしれないけど。
ただ、何か自分は見失ってる気がして。
忙しい中に、何か置いてきたような気がして。


「どした?」


そんなあたしの様子に気付いたのか、彼が問いかける。
こーゆー時、絶対こっちは見ないんだ。
気遣いなのか、なんなのか…それはわからないけど。


「何でも、ないよ?」


どうしてか、自分でもわかんないから、そう答えてしまった。
何でもないことなんて、ちっとも無いのに。


「嘘ばっか。」
「何で?ほんとに何でも…」
「無くないじゃん。」
「…それこそ、何でよ?」
「あんたは、顔に出すぎなんだよ。」


事実を言い当てる時は、大抵冷めた顔をする。
でもそれは、本当に冷めてんじゃなくて、優しいってこともわかってる。
だから、痛いなって、そう思った。


「言いたくないなら聞かないけど…」
「ううん、自分でも、なんか…よくわからない気分になっただけだよ。」
「そっか…。そゆこともあるさ。」


優しい声でそう言うと、俯いてるあたしの頭にぽんぽんって、おっきな掌がのった。
あったかくて、おっきくて、泣きそうになる。


「ありがと…」
「おぅ。」


元気出せとか、口に出しては絶対言わない。
メールでも、「負けんなよ」とか、そーゆー言葉。
だから、すごくホッとする。
それは、明確な言葉が無いなりの優しさだから。


でもね、こーゆーとき、優しくされると甘えたくなるから困る。


「電車、人多いなあ。」


あたしの頭をまだぽんぽんしながら、彼が言う。
少しだけ、あたしも笑って答えた。


「でも、毎朝乗ってると慣れてくるよね。」
「慣れたくないよ、こんなん。」


がやがやした中で、声は聞き取りにくかったけど、笑って彼はそう言う。
あたしも、確かにねって笑って返した。


「ああ、次であたし降りなきゃ。」
「そっか。」


頭から外される手が、妙に名残惜しかったけど。


「あのさ、今日夜は暇?」
「ん?暇よ。」
「飯、食いにいこっか。」
「マジ?」
「マジ。」
「おぉ、行く行く、行くさぁ。おごり?」
「はぁ?」
「やっぱダメ?ダメ?」


バシバシカバンを叩きながら、期待して見てるあたしを見て、彼は深い深い溜息をついた。


「しゃーねーなぁ…」
「やった!!!!」
「じゃあ、仕事終わったらメールよこせ。」
「命令形かヨ。」
「いいわけ?そんなこと言っても。」
「いいえ、ありがたくメールさせて頂きマス。」
「おぅ。」


もうすぐ駅だって、放送が入る。


「また、仕事のあとにね。」
「おぅ。」


何気なく気遣ってくれる優しさが嬉しくって、さっきの苦しい気分とは裏腹に、笑って手をふれるんだ。
プシューって、扉の開く音がして、あたしは立ち上がった。
だからね、最後に笑って言わなきゃって、苦手なんだけど、そう思ったから。



「ありがと。またね。」



面食らったような顔をしてから、にんまり笑う顔。
どんなに大人っぽくなっても、それは本当に変らなくて、それがひどく安心感を誘って。
置いてきたと思っても、多分それはそこにあるんだなって、ふっと思えた。


「うぅっし、今日も頑張りますか。」


小さくガッツポーズをしてから、駅の階段を昇る。
駅の階段を昇りきったところで、カバンの中から振動が伝わってくる。
ごそごそやってると、彼からのメールだった。


『負けんなよー!』


相変わらず短いメールも、何も変ってなくて。


満員の通勤電車、忙しい毎日。
きつくてきつくて仕方ない時とかあるし、泣きたい時もある。
ボロボロになってしまうような気もするけど…


それでも、どっかにイイコトは転がってるんだよね。




人ってちっちゃい希望だけは、どこにも置いてきてなくて。

ちゃんと自分で持ってるんだね。







気付けば、すぐ手の届くところに。