ひとひらの




人 形 は 記 憶 の 欠 片 に 希 を 思 う




 耳鳴りがする。
 轟轟とそれは唸り、体の中に響く。
  この偽りの体の中に、無機質に、無遠慮に。
  無機質なボディに繋がれた幾本もの配線。
  それは無限に広がるネットワークだ。

 そんなものは、自分の生きている証にもなりはしないけれど。

 何故生きているかなんてわからない。
 生きているという言葉さえ当てはまらないのかもしれない。
 人工に作られた皮膚や体液。
  脳…というものすらない。
  生身なんて、一部とて無いのだ。

 有るものは卓越した処理能力、身体能力、人には及ばない力。

  人と似せて作られた、偽りの温かさを持つばかり。
  だからといって、自分が人より優秀だとは思わない。
  人は自分たちには思いもよらない、そんな複雑さを持っている。

  少し、それがうらやましい。
 そう思うことすら、プログラムされたことなのか。

 『ホントウの人間』は、まだまだ解き明かされない謎ばかりだ。
  それに比べれば自分など、数式で動いているも同じ。
  壊れても替えがある。修理することだってできる。
  人は道具として使われることもあるが、必要としてくれる人の前では違う。

 自分たちはいつまで経とうとも、待とうとも――道具なのだ。

  自分の体のネットワークを探る。
  小さな小さな記憶の貯蔵庫。
  そこには膨大な知識や、経験したことのメモリーが積もっている。
  そこから適切なものを選んで、現状に対応するのだ。

― 記憶の処理の仕方が顕著に人と違うから

 それは機械には決して真似のできないこと。

  メモリーにネットの触手を伸ばした。
  溢れ出る膨大な数字の羅列。
  そこから今必要なものを選び取るのだ。

 その時、小さな何かに触れた。
 一人の人間の笑う顔が、そこから出てくる。

― どうして?

 うっすら目をあけた。
 ピントを合わせると、同じ人物がガラスを隔てた向こう側に立っている。
 ただしメモリーの中で笑っていた顔は、今はどこと無く悲しそうに見えて。

― どうして造ったりしたの

  どんなに外見を似せたって、実物になるはずも無いでしょう

 多分この笑っているメモリーは、何かから抽出されたもの。
 自分の記憶じゃない。
 そう思うと、胸の辺りに苦しさを感じた。

― 壊れるのかな

 自分は欠陥品ということか。

― あの人にとっては、欠陥が無くても、私は欠陥品なのだろうけど

 ガラス越しの視線を、まっすぐ受け止めた。
  さっきの笑顔のメモリーを真似て、顔を動かしてみる。
  そうしなければいけないと、頭のどこかが判断したから。
  途端に、その顔が悲しそうにまた歪められて。
  そんな顔がして欲しいわけじゃない。
  ただ、あの顔を自分に向けて欲しいと思った。

 模造品として造られた自分じゃない、ホントウの誰かに向けられた顔を。

 きっともうすぐ、自分は止まってしまうから。
 目の前のその人の手によって。
 それでいい――と思った。

 もしかしたら、この今抱いているものは
 『感情』と呼べるものと似ているかもしれない。
  あの顔も、いつか誰かに見せる日が来るように。

 優しい、穏やかなそんな顔を。

― 寂しいと、思わないように

 もう一度表情を動かした。
 あの顔を向けて欲しいとは、もう思わない。
 何かにも似ていたけれど、データにはなくて。
 ガラス越しの、その人の顔が少し動いた。

 悲しそうに、それでも
 少し、笑って

 その人は手を緩慢な動作で前に伸ばす。
 目の前にあるのは制御パネルだ。
 ゆっくり、ゆっくり一つのボタンに指を触れる。
 眉が顰められる。
 そんな痛ましい顔をしなくたっていいのに。

 そう思った瞬間、ブツリと何かが切れた。

 視界にノイズが混ざる。
 ネットワークが切れる。
 轟轟と何かが荒れ狂っている。
 それすらも聞こえなくなって。
 光が、うっすらと明滅し、闇に溶けていく。

― いツか…

 いつかもう一度あの顔で

― ダレ…かト

 その誰かに廻り逢えますように




― シ    ア ワ   セ に     な     っ て




それは届くことの無い


ひとひらの



無償の ココロ










文字書きさんに100のお題
042:メモリーカード
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心がないとは言い切れない