さわさわと風のなる音。頬に当たる風が心地よい。

 まどろんでいたら、自分の名前を呼ぶ声に気付いた。
 資料室に探し物をしに来ていたのだが、いつのまにかウトウトとしていたらしい。
 今日は公休日なのに来ているということもあって、少し気が緩んだのだろうか。
 なんにせよ、普段の彼女ならばありえないことだ。



― 誰だ…?

 目を開けようと思うのだけれど、瞼が動かない。

― まずいな…

 常にそんなに眠りは深くない。そうでなくてはいけない。
 それなのに、目が開かない。
 いくら相手から敵意が感じられないからといって、目が醒めないものだろうか。
 彼女自身も不思議で仕方がなかった。
 こんなことは、今までなかったから。
 そう思っているうちにも、そっと足音は近づいてくる。
 そして、その音が自分の真隣で止まったのが解った。

「…ヒサキ…?」

 寝ていることを考えてか、声はひそめられている。若い男の声だ。

― サエキ…か?

 まどろんでいるせいか、声もしっかりと判別できない。
 多分同僚だろうと思う。
 若い男性で、自分の姓を呼び捨てにするのは今のところ一人しかいない。

「…めずらしい」

 何が、と普段なら問い返すところだが、生憎と口も動かない。
 意識は割と覚醒状態にあるのに、カラダはまだ眠っているのか、ちっとも動いてくれなかった。
 しかも、完全に覚醒しているわけでもないようで、どこか思考もおぼつかない。
 こんなこともあるものなのかなどと、頭の片隅でぼんやりそんなことを考えていると、首や肩から背中にかけて温かいものが被さった。

 その瞬間、ふわりと鼻に届く独特の香り。

― たばこ…

 ああやっぱりサエキだったかと、回らない頭で漠然と考える。
 この煙草を吸う人物を、サエキ以外にヒサキは知らない。
 懐かしい、時々『あの人』を思い出させる匂いだ。
 ぬくもりと懐かしい匂いが、徐々にヒサキの意識まで攫う。

 揺れる意識の中で、いつもならありえない決断を下す。

 目覚めるのを諦めれば、更にカラダはゆっくりゆっくり眠りに落ちていく。  意識が途切れる刹那
「…ネムイ」

 遠くでそんな声がして、大きなあくびをする気配がした。





          - - - 時 に は こ ん な 眠 り の と き を








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063:でんせん