肩越しに見える景色とか



肩越しに何かが見えること



一緒にいるのが、当たり前になっているけど







ねぇ、いつまで一緒にいられると思う?











僕 ら の そ の 肩 越 し に








「さびぃぃぃぃ!」


青年の声が、若干まだ薄暗さが残る早朝に響いた。
それに続いて、自転車のペダルをこぐ音。

後期のテストが終わったら、大学生は春休みだ。
春休みとは言っても、テストが終わったのが一月最後の週。
2月のまだ寒い最中を、春といっていいものか。青年になりたてのまだどこか幼さが残る彼が自転車をこぎながら言う。
陰暦では春だしいいんじゃないの、と彼の後ろに立ち乗りしている彼女が言った。
朝の寒い空気同様クールだと思うが、それよりもこの状態に至るまでの過程を思い起こすと苦笑してしまう。


「しっかしさぁー、オレらの親ってつくづく物好きじゃないー?」


後ろに乗る彼女に同意を求めるように話し掛ける。
何故か合同で来ている家族旅行。
彼と彼女には「この日から3〜4日間予定入れないでね!」と告げられていただけで、旅行に行くなんてことは、双方の親は一言も言いはしなかった。
後ろに乗る幼なじみの反応は、彼とは違い、ややげんなりした声でだった。


「…いつものことじゃないよ。」
「だってわざわざ仕事休んでまで旅行来る?オレらが休み入ったからって。しかも一言もオレたちには言わずにさぁ」


優しそうな、柔らかな話し方が風に乗って彼女の耳に届く。
長年そばにいるせいで、声だけでどんな笑い方をしているかまで想像がついてしまう。
彼女の真ん前で、彼、コタローの被った毛糸の帽子のトップにあるボンボンが揺れる。


「サクんとこも、良く休みとれたよね、お父さん。お正月帰ってきてたし、しばらく休みとれないんじゃなかったっけ?」
「ロンドンから飛んで帰ってくると思わなかった。」


父親が帰ってくる前日のこと…いまから3日前のことを思い出す。
急に電話がかかってきた思ったら、旅行のことを喜び勇んで話し、こちらが旅行とは何のことだと疑問を追及する間も無く「あ、もうすぐ飛行機搭乗時間だから!ばいばーい!」と電話を切ったのだ。
そして帰ってきたのが、その何時間後かである。
とりあえず、空港であのテンションだったのかと思うと娘はげんなりせずにはいられなかった。


「我が家は父が帰ってきてからもう、2人とも手がつけらんないくらい浮かれてた」
「ウチは蓮兄帰ってきてからパパんもママんもゴキゲンさー」
「あー、蓮ちゃん転勤になるんだっけ?」
「そー。でも実は左遷だったりして」


キヒヒといたずらっぽくコタローが笑うのに対し、あんたじゃあるまいしと彼女が頭の上からチョップをすると、サク酷い!と抗議の声があがった。
そんな声を知らん振りしながら、彼女…サクは横目で景色を見る。
そうしながら、旅行に行くのよ!と言った時の母親の姿を思い出す。
普段だって止められやしないのに、あんな風に浮かれ出したら止める術なんて無い。
それに加えて、父親までウキウキしていたのだから、止まるはずも無い。
特に彼の両親と合同となれば、もう既に無敵なのだ。


テンションも何もかも。


そんな両親'S+コタローの兄は、旅行2日目にしてどうしているかと言えば、前日兄の帰省祝いと称し、酒盛りをしてまだ寝ている。
騒がしいテンションについていく気ももとから無かったのだが、宴会が途中で面倒になったサクは早々と寝たので朝方早く起きてしまい。
一人で散歩でも行こうかなと思って、用意をしていたところ、普段寝太郎のコタローが「探検行かない?」と嬉しそうに誘いにきたため、2人で宿の自転車を借りて当ても無く散歩している…というわけだ。


「サク、止まるよ?」
「何?」
「ほら、あそこ、見てみ?」


コタローの手袋をはめた指が指し示すほうには


「うわぁ」
「すごくない?」


金色に染まった


「海だぁ」


高台から見える朝日に染まっていく海が、家々に少し被ってはいるけれども、しっかりと見えた。
サクは自転車からピョンと飛び降りると、ガードレールの方へ行き、そこから身を乗り出すように、背伸びをして海のほうを見る。


「サク、落ちるよ?」
「だってきれいだもん」


いつも素気無い反応が多い幼なじみが、はしゃいでいる姿を見て、コタローは彼女にバレないようにこっそり笑った。
多分笑ったら最後、殺されそうな目で睨まれた挙句に、自転車を攫われて置き去りにされるかもしれない(あながち無いとも言い切れない)
せっかく、海の見える場所を聞いて連れてきたのに、機嫌を損ねてしまったら元も子もないのだ。


― サクがこんなはしゃいでるの、久しぶりじゃない?


「すっごくない?」
「…うん」


寒さのためか、興奮のためか、振り向いた頬が赤い。
自分がはしゃいでいるのも多分気付いてないのだろう。
気付いたら多分、すぐに平静に戻ろうとしてしまう。
もったいないので、そうなったらいつもそれにコタローは触れない。


サクの肩越しに見える海は、すごくきれいだと思った。
さっきまでコタローの肩越しに見えていたサクの景色は、どんな風に見えていたんだろう?

こんな風に、一緒にいつまでもいれたらいい。


― いつまでいっしょにいれんのかな?


いつかは離れてしまうのだろうか。
腐れ縁過ぎるくらいの2人の縁が、いつか途切れてしまう日が来てしまうのだろうか?


ちょっとだけ、胸がチクリと痛んだけれど、それを誤魔化すかのようにサクに笑いかけた。


「サク、耳真っ赤だよ」
「自転車風きって走るからねえ。でもコタローも鼻赤い」
「えぇ?サイアク」


ごしごしと鼻をさするけれど、そんなことで赤みは引きはしないだろう。
とりあえず、彼女の耳が冷たそうで。
被っていた帽子を脱ぐと、サクの頭にすっぽり被せた。


「コタロー、頭寒くない?」
「大丈夫、髪の毛あるから」
「何、それ」


呆れているサクを横目に、マフラーをぎゅっと結びなおして、口元を埋めた。


「さーて、そろそろ帰ろっか。この坂下ったらすぐ宿だけどどうする?歩いて降りる?乗って降りる?」


コタローが目をやる先に、急傾斜の坂が見えた。
サクは考えるそぶりをして、少しだけ視線を横にやる。
でもこのいたずらっぽい顔は、答えが決まっている証拠。
どちらを選んでいるかコタローはもう気付いているから、自転車にまたがってサクのほうを振り返った。


「やっぱこっちでしょ?」


サクは笑って自転車にまたがると、コタローの後ろに立って、その手を彼の肩に置いた。


「そりゃあ、ねぇ?」


顔を見合わせて、ニィッと笑う。


「よっしゃ、行け、コタロー!」
「ィエッサー、ボス!」


『イヤッホーーーー!!!!!!!!!!!!』


自転車は進んで坂を下りだす。
風が唸って耳を叩く。
まるでそれに負けまいかとするように、二人は歓声を上げた。


傍からいなくならないで。
せめて、叶わないなら、それまでできるだけそばにいて。


― そう思っててもいい?


誰に聞くわけでもなく、コタローはそう思う。


「あ、蓮ちゃんがいる」


宿の50Mくらい先に差し掛かると、サクが声をあげて前方を指差す。
その先には、肩にかかるか、かからないかの長さの髪の背の高い青年が立って、こちらに向けてゆったり手を振っている。
自転車が目の前に止まると、穏やかに青年が二人の顔を交互に見て笑った。


「おはよう。朝から元気だねえ」
「オハヨ、蓮ちゃん」
「ほら、サク」
「わ、ココアだ。ありがと、蓮ちゃん」
「コタローが自転車止めてくるまで、中でこれ飲んで待ってな?」
「はぁーい」


ココアを持って、ちょっと嬉しそうに宿の中に入っていくサクを見て、自転車を停めながら恨めしそうに兄を睨む。
その視線に気付いて、兄が笑った。


「コタローの分もちゃんとあるってば」
「そういう問題じゃないと思わない?」


いいところばっか攫ってさ…と唇を尖らせて拗ねる弟の頬に、笑って兄は缶を押し付けた。


「アヂッ!!!!!」
「心配しなくても、手なんか出さないから。可愛い妹だもん」
「大体、何で蓮兄外で待ってるの」
「いつも寝太郎のお前がいないってことは、サクと一緒に出かけたってことになるかなと思ってさ。案の定靴ないしねえ」

はい、と渡されるココアを受け取って、じっと見つめる。
チラリと兄のほうへ視線をやると、肩を震わせて笑っているのが見えた。

「…しかもココア持ってさ」
「だからオレの方が気が利くってことね」
「何、それ」


尚もむくれる、自分より背の高い弟の頭をポンポンと叩くと、満足そうに兄は笑った。


「ほら、拗ねてないで行くよ。ごはんごはん」
「うぃーっす」



― こゆのも、ま、アリか



苦笑して兄の後について歩き出すと、兄の肩越しにサクに被せた帽子がぴょこぴょこ揺れているのが見えた。
その少し下には、いつもより表情のやわらかいサクの顔。
それを見て、思わず頬が緩んだ。








ねえ、肩越しに見える景色とか、真ん前に見える景色とか


色んなものを見ていこう?




― だってさ 今はまだ 離れる気がしないじゃん?







ね  一緒に たくさん いろんなものを








      いつまで一緒にいられるか






       どんな形でも、できたらずっと