知ってるよ





思い出したように「ちょっと寂しいな」って思ってること





それを隠してるのもね











S h e   I s  N o t   A   L i t t l e   O b e d i e n t















「…ちょっと」



不機嫌な声が、目の前の彼女から漏れる。
青年はそれに気付かない振りをして、ニッコリ笑った。
…途端に眉がピィンと跳ね上がる。
お約束と言ったらお約束だけれど、何だか今日はいつもより機嫌が悪い。

多分、家に無断で入ったことを怒っているわけではない。
この10数年間、青年と彼女の家ではそれは当たり前に行われてきたことだし、親同士の仲の良い合意のもと、お互いの家にお互いの家の合鍵だって置いてある。
ただ、長い付き合いもあって、何となく青年はそのことを悟った。


「何もさ、そんなに怒ることないと思う」


しょんぼりと眉を下げると、自分がやや八つ当たり気味だったことに気付いたのか、彼女は溜息をついて台所へ入る。
台所から出てきたときには、温かいコーヒーが手にあった。


ややぶっきらぼうに、それを差し出す。


「ありがと、サク」
「別に」


もうそこには、いつものポーカーフェイス。


「ところで、コタロー…何で我が家の居間でぼんやり座ってたのよ」
「待ってたんだってば」
「用があるなら携帯に連絡入れたって良かったでしょ」


そっちのほうがすぐ用もできたかもしれないのに。

ブツブツ言うサクを見て、コタローは笑う。
何だかんだいって、気を使ってくれてるところがやっぱり「らしい」と思うからだ。
ぶっきらぼうなところとか、乱暴なところもややあるけれど、それでも根本は優しい。


「んー、母さんが夕ごはん食べにいらっしゃいって言ってたからさ」


お誘いにあがったと優しく話すコタローを見て、サクが呆れたように溜息をついた。


「それこそ携帯のほうが早かったじゃない」
「いいの」


一人満足そうに笑うコタローに、サクが首をかしげる。


今日、学校でも何だか違った。何が違うわけじゃなかったかもしれない。
何となくピコピコと頭の中で、それが気にかかっていたから。
少しペースの戻ったサクにホッとしてコタローは笑うけれど、サクにはそれは伝わらない。
コタローも、そういうことは言わない。
きっと触れて欲しくないことなんだと思うから。


お父さんは外国、お母さんは遅くまで仕事。


小さいときからそんな生活だから、やっぱりサクは寂しかったんだろうなとコタローは思う。


もう20歳を過ぎてるし、自分の生活もあるし、そう思う機会も減ったかもしれない。
でもさっき一人きりで居間に座っていたとき、大きな家にたった一人では、やっぱり寂しいときもあるだろうなと思ったのだ。


それに、サクは両親にわがままを言ったりできないところがあって。
お願い事をしたことも無いんじゃないだろうか。
常にお願い事だらけの自分には、あまり考えられないことだけれど。
何か伝えたいことがあっても、なかなかできないところがある。
サクの両親はサクを溺愛しているけれど、伝えたいときに側にいないことが多いからかもしれない。


多分、今日の「ちょっと違う」理由はそれだ。


それが閃くと、コタローは1も2もなくサクを迎えに行く。もしくは押しかける。
サクは誰にもそんなことを言わない。悟らせない。
言わないから、聞かないようにしている。


だけど


その代わり、そんな時はなるべく側にいる。



それができる一番のことのような、気がするから。






「さてと、そろそろごはんできた頃だ」
「うん」


未だに訝しげな顔をするサクに、コタローはニッと笑う。
サクがまた呆れたように、コチラを見やる。


「ねね、今日雪也さんにメールしよ?」
「お父さんに?」


少しだけ、困惑してサクの瞳が揺れる。


「そいでさ、写真付きで送るの」
「何で」
「きっと見たらすぐ電話かかってくるなあと思って」
「『サァクちゃぁん!僕も一緒に食べたいヨゥ〜、お父さん寂しいヨゥ〜、家族団欒恋しいヨゥ〜、日本食も恋しいヨゥ〜ォウォウ』って?」
「ぶはは、似てる似てる!そんでサクが『もういいから、父』って言うの」
「似てないよ」
「そう?」
「うるさいからヤダ…」


ヤダという言葉は、前の言葉より小さく呟かれた。
ふと見てみれば、拗ねたように唇を少し尖らせて、頬を赤くしている。



― ほんとは別にヤじゃないのにね?



きっともう一度「やろうよ」と言ったら、しぶしぶでもやるはずだ。

だって断る理由は無いはずだから。




ちょっと素直になれない、そんなところも幼なじみの愛すべきトコロ。






クスクス笑っていたら、思い切り足を踏まれたのも…






ありふれた日常なのかもしれない。








「サッ、サクー」
「『痛いよ〜、ひっどいよ〜』」
「オレの真似!?」
「ワンパターンなのよ、あんたは」













そうさらりと言ったサクの顔は








嬉しさがちょっと混ざった













かなり満足そうな笑顔だった。











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091:サイレン