思い出せ、己が信念を。

踏みしめていけ。

己が道を。




どこまでも続く、この大地を。











e a r t h










焼けた野原に立った。
酷く閑散としていて、もの寂しく、そして…悲しい。
冷たくなってきた風が吹くと、サラリとした髪が物憂げに舞った。


― …なんだろう。


胸には痛みと言うよりも、寧ろ空しさが込み上げている。
ただ、漠然としていて、カタチを持たない虚無が。
あまりにも何もないココは、今の自分の心と似ていると長沢大尉は思った。


半月ほど前のことだ、敵襲があったのは。
帝都に被害は及ばなかったが、ただ、近隣の村が敵によって…焼き払われた。
自分たちを誘き寄せるための手段として。
幸い、死者は少なかったらしいが、村は全焼だった。


長沢大尉は、村の復興のための調査を命じられて、今、ココに立っている。


― 何もないというのは、こんなにも空しいのだろうか。


目を伏せて、灼けた土を見ると、ブーツの爪先を少し動かした。
ジャリ…と静かなそこには、どこか不釣合いな音。

どうしてだろう、不自然だ。
虚無以外何も感じない、何もしたくない。
胸の中が荒涼としていて…まるで空洞のようだ。


でも、本当はわかっている。



痛すぎるから、心が止まっているのだと。



戦争と言うのは、個人の戦いではない。
『國』という、大きく、そして漠然としたもののために行われるのだ。
いつもそれに巻き込まれるものは、『國』を成す人々。
それなのに『國』という名前自体に被害が及ぶことなど…ないのではと思う。
『國』というのは、人々の集合体であり、それを呼ぶ記号のようなものなのだから。
人がいなければ『國』にはならず、人がいさえすれば『國』は生きることができる。


しかし、『國』がなくても…人は生きることができるのだ。


顔を上げて、前を見た。
やはり、何もない。

ここは、『國』という名前に殺された場所なのだろうか。

それを思うと、酷く痛い。
自分たちは一体、何を守っていると言うのだろう?


『國』か?
それとも『人』か?


考えても考えても、答えがみつけられない。


それでも守っていかなくてはならない。
今の自分には『國』を守ることが『人』を守ることにもなるのだから。
守らなければ壊れてしまうほど、脆いものではないと分かっている。
わかっているけれど…




だけれど、人の命は儚いからこそ、尊いのだ。




空を見上げた。
青さが、誰よりも敬愛する、あの人を思い浮かばせる。
あの人は…多分誰よりも哀しみを被っているのだろう。
『國』がカタチを成すための、大いなる意志と、人のために。
それでも、脆さなど感じさせることもなく、ただ真っ直ぐに前だけを見て。
自分が光に、希望にならなくてはいけないことを知っているから。


これからも、多分自分は迷い続けていくのだろう。


それを受け止めなくてはならない。
強くならなくてはいけない。
痛みを受けようとも、常に再生し続ける、この大地のように。



そして、自分が守りたいと思うものを、忘れてはならないのだ。



― ああ…そうだった。



青が眩しくて、ぎゅうっと閉じる。
そして唇をかみ締めて、正面を向くと、ゆっくりと目を開く。
果てしなく向こうに見えるのは、空と大地の交わり。
心の中で、何かが溶けていく。


今まで、自分がかかげてきた何かが、蘇ったような気がした。


それはとても大切なものだったんだと、改めて思う。
そう、持ち続けていかなければ、戦う意味を見失ってしまうから。
見失った先にあるのは、多分…絶望だ。



― 絶望を、受け入れることなど、しちゃダメだ。



強く思う。
絶望することは、光を見失うことなのだ。
いつでも光を、追い続けなければ。



柊生元帥を、そして、己が信念を。



それはそう、幸運にも自分に与えられた『希望』なのだから。







思い出せ、己が信念を。

踏みしめていけ。

己が道を。

どこまでも続く、この大地を。

忘れるな、心を。



そして、見失うな、希望を。



それを持ち続ける限り







この大地のように、力強くそこに有ることができるのだから。







もう一度、足元に目をやった。
ふと、淡い…淡い色を見つける。
それは、新緑の色。





小さな命の息吹が、そこに生まれた印だった。