それを求めなければ嘘になる。

それを求めるなら…強い覚悟がいる。



意味を求めることが正しいのか、正しくないかすら分からないけれど










L  i  f  e











 空は明るい。
 もうすぐ冬が終わりということを告げるように、風も光も温かい。
 帝都の街並みも穏やかで、平穏という言葉がピタリと当てはまる気がした。

 その街並みを、2人の青年が歩いている。
 赤い襟に黒い軍服。
 誰がどこから見ても、この帝國の軍人。
 2人は穏やかな雰囲気を湛えて歩いており、まるでこの風景にはめこまれたようだった。
 その青年たちは、上官から言い渡された命により、帝都へ物を買いに…という、なんとも軍人らしくない行動の途中だ。


「加納中佐の髪、透けますねえ、光に。」


 陽の光が金色の髪に当たるとキラキラ反射して、髪はまるで絹糸のようだ。
 そんな金色の髪の横でも、オレンジの髪がキラキラ揺れる。


「自分もだろ?」


 まるで何にでも興味を持つ子どものような目をする秋山少佐に、加納中佐は穏やかな目を向ける。
 いや、ちょっと小官とは違うんですよぅ…と言いながら、秋山少佐は自分の髪を引っ張った。
 何が違うんだか、加納中佐はわからない。


「なんていうか…ほら、透け方って言うのか…雰囲気って言うのか。」
「髪の色が違うからなぁ。」
「ややや、なんだろう、加納中佐全体的に色素薄いですよね。肌の色とか。」


 もうすでに、子ども感が抜けた面差しが加納中佐の方を向く。


― …強いな。


 秋山少佐の瞳を見て、漠然とそう思う。
 いつの間に…自分の知らない間に、こんな強い光を持つようになったのか。


「そうか?」


 ふい、とわざとらしくないよう、笑いながら目をそらす。
 そうですよ!と、きっと口を尖らせながら、そう言っているんだろうなという秋山少佐の声。

 何故だろう。



 真っ直ぐな目が、妙に刺さる気がした。



 子どもが笑いながら横を走り抜ける。
 買い物袋を持った母親と、その横で笑う子ども。
 店のオヤジの威勢のいい声。

 穏やか過ぎて、つい…いつまで続くんだろうと不意に考えた。
 こんな穏やかな日は、長くは続かないのだろうか。
 いつか奪われてしまうのか、それとも奪ってしまうのか。
 命は、どんな意味を持つのだろう。
 そもそも、生きる意味とは何だろう?
 まるで一生は激動と呼べる、そんな荒波なのに。


「加納中佐。」


 秋山少佐の呼ぶ声。
 きっと自分はこの気持ちを出さない顔で笑えるのだ。


「どうした?」
「どうかしました?」


 問いかけに問いかけで返されて、一瞬面食らう。


「何が?」
「だって、何か考えてたでしょう?」


 どこか怒った顔でそう言われて、苦笑した。
 相変わらず、こういうところが聡いと思う。


「何で怒ってるんだ?」
「怒ってませんよ。」
「口がとがってるぞ。」
「加納中佐、考えすぎなんですよ!」
「…は?」


 唐突にそう言われて、思わず言葉に詰まった。
 流せばいいのに、流せないのも自分の悪い癖で。
 それに、秋山少佐の言葉が、自分の何かを的確に言い当てていたから。


「しかも自分のことじゃなくて、人のことばっかり。しかも変に深いことばっかり。」


 どう言っていいものか分からず、取り合えず秋山少佐の頭に手を乗せる。
 秋山少佐は、拗ねたように目を伏せていたが、意を決したように目を上げた。
 独特の、何か強い光のある瞳。


「今が穏やかなら、それでいいじゃないですか?」
「…何?」
「いつまで続くかなんて分からないですけど、せめて今だけでも穏やかなら。」


 言い終わってから、困ったように秋山少佐が頬を掻いた。
 面食らっていた加納中佐だが、やがて嘘偽りない顔で穏やかに笑うと、秋山少佐の頭を大きな掌でぽんぽんと叩く。


「そうだな。」


 その顔を見て、秋山少佐も安心したように笑う。
 加納中佐は笑いながら前を向く。


  生きる意味を求めるには、相当な覚悟が要る。
 理不尽で、矛盾した全てのものに目を向けなくてはならない。
 そして、その矛盾を矛盾のままで置いておける強さがなくてはならないから。
 それは今の穏やかさを、自ら壊していくということ。

 穏やかさは失われていても、生きる意志を失わなければ、きっとそこにまた穏やかさは訪れる。
 きっとそれを求めるから、人は失ってしまうのだろう。
 絶えない笑顔を求めるのも、穏やかな日々を求めるのも、そんなことはただの理想だと分かっていても。



 ただ今は、生きる意味を考えるよりも、今を生きることを考えよう。



 それが正しいのかどうかはわからない。



 それでも、やっぱり、今を生きたい。



 空を見上げて、軽く息を吸い込んだ。


「さて、早いところ用事すませよか。」


 横を歩く秋山少佐に笑いかける。
 秋山少佐は、満面の笑みで提案した。


「そのまえにパフェ食べましょうよ!」
「は!?」
「小官おなかへっちゃって。」
「普通用事済んだあとじゃないのか?」
「だって荷物多いんでしょう?それにほら、おなかすいてちゃ動けません!」
「…動いてるじゃないか。」
「いいじゃないですかー、2つはいけますよ!」
「それはもう聞いたって。」





 しょうがないなと笑う加納中佐に、やったと浮かれる秋山少佐の声が響く。




 幻でもいい。


 自分が生きられるように、生きよう。



 響く笑い声に降りそそぐ、柔らかい光。
 穏やかな風が吹く。
 金色の髪が踊ると、横でオレンジの髪が揺れた。








 その頭上に広がるのは、優しい春待ちの空。