こんな、こんな生活の自分でも

『穏やかであれ』

そう常に願う毎日だから。







serene








窓辺に椅子を置いて、どっかりと腰をかけて、もうどれくらい経ったのだろう。
誰もいないのをイイコトに、大きなあくびをした。
オレンジの髪が、陽に当たると、まばゆくきらきら光る。

たまには日の良く当たる窓辺で、ボーっと座っているのも悪くないなと、秋山祐少佐は目に浮かんだ涙を拭き取りながらそう思う。

今日は、仕事が無い。
定光寺中将が出かけていて、どうしても動かせない仕事があるのだ。
それまでは待機していろと、ここのところのせわしない秋山少佐を見かねて、春木大佐がそう言ってくれたのである。

秋山少佐は、自分の持ち場の仕事をするとなると、どうしても『お使い』というポジションをとらざるを得なくなるときがある。
それゆえ、お使いに執務にと、毎日せわしなくなってしまうのも良くわかっていた。
自分でも、リッターになりたての頃よりは要領も、精神的にだって大人になっているんだと思う。
けれど立て込んでしまうと、中々『自分の時間』が取れないというのも事実だった。

立て込んでしまう…それは、すなわち『戦争』という、好ましくない事態がそこにあることを意味していた。

はっきり言ってしまえば、戦争なんて秋山少佐の好まざるところだ。
大体、戦争の好きな軍人なんて、一部例外を除けば、いないんじゃないだろうかと秋山少佐は思う。


血のにおいも、生死をかけた雄叫びも。
ただ、そこに常にあるのは、死の恐怖。



だからこそ、生き続けることを喜び、踏みつける屍の重さを知るのかもしれない。



秋山少佐は、窓辺に頬杖をつき、わずかに息を吐き出した。


― それでも、僕は軍人なんだよな。


ふと思う。
どれだけ、死を厭うても、いつかはやってくるのだ。
戦場でにしろ、病気だとしても、老いという名のもとにしても、いつかは。
だから、精一杯生きたいと思う。
ただ、精一杯に。



こういう、穏やかな時間だからこそ、それをひどく噛み締めてしまうけど。



だからこそ、帝國のために戦うと、柊生元帥のために戦うと、そう高らかに、歌い上げるかのように、心の中で握り締めて。
上官達の凛々しい背中を見ながら、少年のときを過ごしたのだ。


それは、『誇り』と呼んでしまえる、崇高なものかどうかはわからない。
それでも…


「おぉい、秋山少佐ぁ〜!」


  呼ばれて、下を向くと、加納中佐が手を振っていた。


「なぁーんですかぁぁぁぁ!」
「悪いんだけど、ちょっと街に付き合ってくれないか!荷物が多くなりそうなんだ!」
「はい!お礼はパフェでいいですからぁ!」
「ちゃっかりしてるな!」
「2人前はいけますよ!」
「…わぁかったよ!」


観念したかのように、加納中佐が笑う。
秋山少佐もにんまり笑った。


「じゃあ、今降りてきます!」


椅子から立ち上がって、もう一度加納中佐に向けて笑った。


軍人にとっては、あまりにも今は穏やかで、自分たちが常に何をしているのか忘れてしまいそうになる。
もしかしたら、どこか、忘れてしまいたいという心もあるのだろうけど…それは、許されないことだから。
上官、下士官を見て、穏やかな時を過ごすとふと思うのだ。
幸せだと。
否が応でも、血にまみれていく体なんだろうけれど。


この生活が好きだと、そう言ってしまうのは、多分罪深い事なんだろう。


だけど、思うのだ。
こんな生活の自分でも、毎日が穏やかであればいいと。
笑顔が絶えなければいいと。
傲慢だと、そう呼ばれてしまっても。


穏やかに、緩やかに、ただ今はそう進んでいる。
ひょっとしたらそれは束の間の、小さな夢なのかもしれない。
だけどこの先、どういう道を歩もうと、今だけは。



だから、精一杯に、今を生きよう。



外に出ると、加納中佐がこちらに向かって手を上げる。
秋山少佐も笑って、お待たせしましたと言う。




こんな、こんな生活の自分でも

『穏やかであれ』

そう常に願う毎日だから。



秋山少佐が座っていた窓辺に、白い光が降り注いでいた。
それはまるで、穏やかさを保つかのように。




その日の空は、ぬけるように青かった。