「おとーさぁんっ」

 体重がまだまだ軽いせいか、床が感じている重みは少ないのだろう。
 どたどた、ばたばた。
 走ればもちろんうるさかったりもするが、それでも音はまだ軽やかで。
 それとも心がウキウキしてるからなんだろうか。

「どした?コータ」

 勢い良く飛びついてくる息子を受け止めながら、返ってくる答えがわかりきった質問をしてみる。
 息子は飛びついた勢いと同じように、顔をあげる。キラキラと輝く目。
 ――さっきかかってきた友人からの電話。
 泣き喚く甥っ子に、どうしようもなくなってしまったのだろう。
 電話を取った瞬間に「助けてくれ」の一言はさすがにびっくりしたが、確かに子どもが怪獣に変身する瞬間というのは困るものだ。
 それでも、子ども同士の友情というのも固いもの。
 一緒に居るだけでご機嫌なのだから、見ていて微笑ましい。
 息子から抑えられないウキウキ感が、伝わってくる。

「ハルくんあとどれくらいでくる?」

 友人が彼の甥っ子と訪ねて来るとき、必ず息子は何か作業が終った後「あとどれくらいでくる?」と聞きに来る。

(部屋の掃除でも終ったかな?)

 すでにもう、それはパターン化されたことになっているから、父は息子の問いにすぐには答えない。
自分が答える前に、詳しい作業終了報告が聞けると知っているからだ。

「ぼくね、ちゃんとお片づけしたんだよ」

 思ったとおりの答えに笑いをこらえながら、よくがんばったねと息子の頭をなでた。
 満足そうにニヘリと笑って、息子はじれったそうに、うれしそうに尋ねた。

「どれくらいでくる?」
「もう少しかなぁ」
「もう少しってどれくらい?すぐ?どれくらいかかるの?」

  じれったそうにぴょんぴょんと飛び跳ねて聞く息子の頭を撫でて、うーん難しいなぁと困った顔をして見せた。途端に膨れる両の頬がかわいらしいなと思う。

(親バカだなあ、オレも)

 そうは思うけれども、それでいいと思っている。かわいいものはかわいいのだ。

「おとーさんだったらわかるでしょー?」

「んー、そうだなぁ。たまにテレパシーが利かなくなるからなあ」

 わざと困ったような途方に暮れたような顔をしてみる。
 純粋な息子は何も知らずに、父の罠にはまるのだ。

「テレパシー!?そーじろーさんと?」

 落ちそうなくらいに丸くなる目。みるみるピンクに染まるほっぺた。
 さあ、もう一押し。
 ちょっと眉を動かして、肯定したのと同じ顔をすれば、父の罠は完成する。
 おぉー。縦に丸くなる口。
 きらきら。ぴかぴか光りだす目。

「すっげー、おとーさんすっげー!」

 感嘆する息子に笑顔を向ければ、彼はもう魔法のトリコ。
 不思議なつながりが大好きなのは、小さな子どものかわいいところ。

「そーじろーさんとなかよしなんだぁ。じゃあハルくんとぼくはどうかなあ」

 無愛想で目つきの悪い(ついでに口も悪いし、顔も怖い)友人は、きっと「なかよしなんでしょ?」なんて聞かれたら、すごくイヤな顔をするんだろう。
 でもまぁ――

(子どもたちの前では、それらしく振舞ってくれるのもお見通しだけどね)

 物腰柔らかな彼が、そんなことを思っていることも露知らず。
 無愛想な友人と、愛くるしいその甥っ子がインターホンのボタンを押すのもあと少し。




「おとーさん、テレパシーはなんて言ってる?」

「んー?(テレパシーは話さないんだけどねー)」