とてとてとて。 軽くてウルサイ足音が、背後で急停止したのがわかった。 「てれぱしー!」 「てれぱしー!」 「………………………あぁん?」 おしえておしえて!! 振り返るんじゃなかった。 禁煙用シガレットを咥えたまま―別に禁煙はしていないけれど―ソウジロウはげんなりと思う。 きらきらした目が二対、自分を見上げているのをみて、まあどうせロクでもないことだろうなと、妙に悟っている自分も…一体どうなのか。 (てれぱしー?) 頭の中で一瞬止まっていた言葉が、不意に動き出す。 テレパシーって…あのテレパシーだろうか。 「テレパシーが何だ」 ソウジロウがその言葉を口にすると、こどもたちは「おぉー」と感嘆の声を上げ、お互いの顔を見合わせた。 合わせ鏡のようなフュージョン。 聞いた?聞いた?聞いたよ!聞いた! まるでリピート再生のように、同じ言葉を繰り返す。 (こいつら兄弟つっても、通るかもな) がじがじ。何気なく放って置かれている時間をもてあますように、禁煙用シガレットを軽く齧る。 ミントの味が、すわりと口に広がった。ガムのほうがまだマシだったろうか。 ぼんやりと、そう考えていた次の瞬間、友人の息子がきらきらを滲ませた幼い声で言った。 「そーじろーさん、テレパシー使えるんでしょ!?」 「は!?」 ずり。ぼと。 まるで何かの漫画のように、口から禁煙用シガレットが滑り落ちる。 待て、今こいつ、なんつった? 頭の中に点滅するクエスチョンマーク。 視界の隅に、不意に引っかかるものがあった。 こどもたちの後ろに見える、黒い物体。 ああ、嫌な予感がする。 「だっておとーさんがそうやって言ってたよ!」 ――やっぱりか。 視線をうずくまっている、黒い物体のほうへとむけた。 わりと大きな体を丸めて、彼、コータの父は―― 笑っていた。 (にゃろー) 何だよ、テレパシーってよ。 「なかよしだから、テレパシーできるって!!」 仲良し?ナカヨシ?なかよし?フレンドリー? 一体誰と誰がだよ。 仲良しなのはおまえらだろ。 子どもたちにわけのわからないことを吹き込んだ張本人は、まだうずくまって大爆笑していた。 ますます気に入らない。 が。 わくわく、と背後に文字が出そうなくらいに、自分を見上げている小さな顔2つ。 片方はこれっぽっちも父親を疑うこともなく、その言葉を信じて。 片方は意外なことに胸を膨らませ、これまた疑うこともなく信じているのだ。 テレパシーとかいうものを。 そもそも。 (だから何でテレパシーなんだよ) ふざけてんのか、あそこのバカ父は。 何の因果でテレパシーなんて言いやがった。つーかホントにこの年で仲良しとか言うなよマジでキモイ勘弁。 むすりと不機嫌そうな顔をしてはみるものの、残念ながらいつも怖い顔なので、子どもたちは気づきはしなかった。 期待を込めた眼差しで、自分が「うん」と頷くのを待っている彼の息子と自分の甥を…どうするべきか。 こういうどうしようもない選択肢は、本当に苦手だ。 何で超能力とか、ヒミツとか、こどもは好きなんだろうか。強い感じがするからか? もう一対、彼がどう受け答えするかを期待を込めた眼差しがみているが、そっちは黙殺することにした。 この際「そんなもんはねェ」と親切に言ってやるべきか。どうなのか。 (ダメだ) それがウソなんでしょー!!とか、2匹ぎゃあぎゃあと騒ぎ出すのが目に見える。 やっぱりなんだか、げんなりした。 その惨事を想像したことと、子どもたちのあとの反応を予測できるようになっている自分に。 チクショウめんどくさい怒鳴ってしまおうか。それもちっともききゃしねえのかよやっぱり。 「もー、コータ。使えるって言ってるじゃないか」 笑いを何とか引っ込めたのか、父親らしい態度で、友人が割って入った。 この現状を引き起こしたのが、自分だと認識できているのか。 そんな彼の内心を知らず、子どもたちはコータの父にまとわりついた。 「だってさ、だって!やりかた教えてほしいんだもん!!」 「そうだよー!ききたいもん!!」 聞きたい聞きたいと、文句を言う子どもたちに、友人は困った笑顔を浮かべてみせた。 絶対、今の状況を楽しんでいる笑顔だ。 あれは、わざとだ。 「仲良しじゃないとできないよ?」 「待て。誰と誰が仲良しだって?」 「オレとー、そうじろー君が」 ふざけんな。唇だけ動かす。 しかし友人は、にっこりと―腹の中で何を考えているのかわからない―笑顔を浮かべて、子どもたちに向き直ると「そーじろーはねえ、秘訣を教えたくないんだよぉ」と言った。 やめろ、そんなこと言ったら… えぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ほうら、きた。 「ええー、そーくんおしえてよぉ!!」 「オレもーオレもききたいー!」 「コータくんとテレパシーするの!!」 「なかよしならできるんでしょ!?」 「ねーーーーーぼくらもできるでしょ!?」 子どもの甲高い声が、耳に突き刺さる。 もう、頼むから勘弁してくれ。何笑ってんだよ後ろでよ、バカ父。 それよりもホントに仲良しとかもう頼むからやめてくれキモイだろ20代もあと何年かで終わりなのに仲良しとか。 「うるせーな、修行しなきゃ使えねェんだよ!!!」 噛み付くように怒鳴ってやった。 こどもたちはそれでも平気な顔で。 目と口とを丸くして。 「おぉぉーーー」 きらきらとぴかぴかが、さっきよりずっと――グレードアップしていた。 「しゅぎょうー!!」 「しゅぎょうだね!!」 満足そうに笑う子どもたちに気づかれないように、疲労感たっぷりの溜息をこぼしたことを知っているのは、もう一人の大人だけ。 「しゅぎょうするぞー」 「するぞー」 さて、結果はどうなるのか。 結果が出る前にすぐに飽きてしまうだろうけど。 それでもまあ、静かになるならそれでいい。 もう一つ小さく溜息をつくと、落ちた禁煙用シガレットを拾い上げて、器用に離れた位置にあるゴミ箱に放り込んだ。 「にんにん!とう!」 「にんにん!やぁ!」 「(修行=忍者なのかぁ)」 「(それは明らかに違ェだろ)」 |
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