何もかもが、イキナリ目の前から消えてしまった











W h e r e   i s   r e a l
                      
W h i c h   i s   t r u e










リーマスはふと上に視線をやった。
ああ、柔らかい日差しが入ってくる。
優しい光だ。
太陽の光。
夜がこなければいいのにと、何度願ったか知れない。


「ルーピン」


声を掛けられて後ろを振り向けば…かつての仇敵、セルブス・スネイプ。
親友たちほど彼のことを嫌っていたわけではないけれど、好きでなかったのは確かだ。
それでもリーマスは「いらっしゃい、セブルス」と微笑んだ。
一瞬、セブルスの土色の肌をした頬の辺りがヒクリと動く。
多分顔をしかめたいのに違いない。
まさかリーマスだって、ホグワーツの教師として彼がここにいるなんて思いもしなかった。

薬だと言うセブルスから、礼をいい、微笑んでゴブレットを受け取る。

セブルスが自分を嫌っているのを知っている。
自分も悪ふざけに加担していたと思っているのも知っている。

そして、シリウスと通じていると思っているということも。

しかしこれから同僚になる人間と、無用な争いごとはする気はなかった。
そんな熱意など、自分は持ってもいないのだから。

ゴブレットに口をつける。
ひどい味だ。

視線を感じて目線を上げれば、じっと見つめるセブルスの瞳。
見つめるというよりは、詮索といったほうが正しいのか。


「どうしたの、セブルス?」
「…シリウス・ブラックはここに来ると思うか」


穏やかに聞けば、探るような質問が帰ってくる。
それはリーマス自身の問い。

また、ハリーを求めてやってくるのだろうか?
答えなんて頭のどこかでわかっているくせに。
シリウスがアズカバンを出たあと、どうするのか。

『あいつはホグワーツにいる』

そう寝言を言っていたと聞いた。
それだけでも、単純に考えればハリーを求めてやってくるということが判るのに。


「……わからない」


信じられない気持ちがあるから、明言を避けた。
避けてもセブルスの言葉は矢となって飛んでくる。


「親友だったのだろう?」
「…そうだね」


残虐な響きのこもった声。
それよりも残酷な言葉。
心にすらそれはイヤにねっとりと沁みこんで。


― 親友だった


自分がそう思っていただけなのか。
知っていると、そう思っていただけなのか。
あの笑いあった日々は、夢のような幻だったのか。

リーマスには判らない。

胸が空くような、そんな感覚がリーマスの体に広がった。


嗚呼、まただ。


あれからいつだって、それは自分の体に纏わりついている。
それはリーマスの大切な部分を幾らか蝕むように。
体の内側に根を張っている。


ふとセブルスの方へ目を向ければ、まだ冷たい色の瞳がこちらを凝視していた。

いっそ、彼のようにシリウスを全身で憎んでしまえれば、まだ楽かもしれないのに。

おかしな話だが、少しだけセブルスがうらやましくて。

少し瞳の奥が揺れたセブルスに向かって、ニコリと笑った。


「薬を本当にありがとう、セブルス」


心からの感謝。
そして理性を失わずに狼になれば、あの頃を思い出す虚しさをこめて。
それでも自分は理性を持ち、心を抑えることを望んだのだ。


「構わん。必要とあればまた言いたまえ」


そう言い残して、出て行くセブルスの背を見ながら、リーマスは笑みを消した。


12年…12年はリーマスにとって短い月日ではなかった。


ジェームズとリリーがヴォルデモートに殺されて。
ピーターもシリウスに吹き飛ばされたという。
そしてそのシリウスは…アズカバンの中に。

何もかもを失ったと思った。
輝かしい、学生の頃の思い出全てが踏みにじられたような痛み。
何も知らされなかった悲しみ。
戦いながらも幸せな日々は、一瞬にして消え去った。
その後の12年という長い年数は、狂気のように心を穿って。

状況から考えて、シリウスがヴォルデモートにジェームズ達の情報を売った。
ピーターを殺した。


― でも…


潔く、親友のためなら命すら惜しまないあの勇敢な男が。
闇に心を売るなんて、どうしてもどこかで信じられない。
揃ったカードは、シリウスが闇の帝王のスパイだと告げているのに。

ホントウのコトが、もう一度シリウスに会えば判るのだろうか。
彼は全てを語ってくれるのだろうか。
自分に杖を向けるだろうか。
それとも、もう自分には見向きもしないのか。



全てはシリウスに会えばわかる。



ゴブレットを机の上に置いた


口の中に酷い味が残っている


それはさながら、カラダ全体に広がるような


なんてイヤな…






天を仰いだ


日差しが柔らかい


温かい光が、闇を消してしまえばいいのに


夜がこなければいいのに


夜がこなければ、こんなにもカラダを何かが蝕んだりしない


そんな気が、しているのは…勘違いなのか





柔らかい日差しが目に沁みるから、瞼を閉じた












― シリウス