ラウディー×ラウディー




 べしゃり。


 鈍くて、どうにも重いその音。
 しまった、と思ったときには遅かったのだ。
 ただ――痛そう、とだけチハヤは思った。
 無責任なものだ。明らかにその音が引き起こされた原因は彼で、それによって犠牲者が現に出ているのだから。

「ちぃぃぃぃぃぃはぁぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁぁぁ…」

 さながら、地の底から響いてくるような声がする。それには、明らかな憎悪がこもっていた。
 まるで、呪詛でもするかのような。
 見下ろした先には、埃と本に埋もれた友人。
 制服の白いカッターシャツが、ところどころ見事な灰色に染まっている。ブレザーのズボンも、見事に白い。
 多分、本が降ってきたとき、地べたに突っ伏してしまったのだろう。
 べしゃり、の正体は、きっと彼が突っ伏す音だったのだ。
 その彼はと言えば、辺りを燃えつくさんばかりに瞳に炎をたぎらせている。
 明らかに、怒っていた。
 本を落とした張本人は智早なのだから、当り前だけれど。
 たらり、冷汗が流れた。
 うふっ。誤魔化すために、笑ってみる。

「ごっめんねえ、カイちゃーん。悪気は無いのヨォ」


どこ。


 くねくねとシナを作ってそう言った瞬間、顔面に固くて重い何かが衝突した。
 痛みに、思わず蹲る。鼻が、特に痛い。

「ってぇぇーーー…何すんだよバカッ!」
「それはこっちの台詞だろ、大バカッ!」
「悪気はないって言ったじゃんかっ!意図的に…おっまえ、辞書で攻撃すんなよ!あたりどこ悪きゃ死ぬ!」
「死ね!いっそ死ね!そっちのほうが、世のため人のためだ!」
「何でそこまで言われなきゃなんないんだよっ!カイのアホっ」

 まだヒリヒリする鼻を抑えて、智早がそう叫ぶと、繪の目がスゥと細くなる。
 黒いオーラが、その回りに見える気がした。
 腕組みをして立つ姿が、大魔王のようで恐ろしい。

「じゃあ聞くけど『オレは神だ〜』と叫んで、訳もなしに大量の本を落とすのは、バカのすることじゃあないって言うんだな?」
「何だよ、下にいるほうが悪いだろっ」

 ふん、とぶすくれてそう言えば、繪がぶちりと切れた。
 彼は自分の足元にあった本を取り上げて、力強く投げた。
 見事にぶん、と空気の裂ける音が鳴るのが、智早の耳に届く。


 ずど。


 鈍くて、破壊力のある音を立てて、本が書棚にぶつかった。
 白い埃が、もうもうと舞う。
 正直、避けたはいいが、あまりの速さにチハヤは腰を抜かしかけた。
 ぶるぶると、足が震えているのが、自分でわかる。
 そんなことに、気付きもしなかったのだろう。カイは、こめかみに青筋を立てて、出せるだけの声量で、怒鳴り声を張った。

「下にいなかったら、本大量に落としてもいいのかよ!?寧ろそっちのほうが、当りどこ悪けりゃ死ぬわ!書庫整理なのに、整理されてねえだろ!」
「お前も投げたじゃねえか!本は大事に扱えよ!」

 本大事にしない奴は、頭悪くなるんだぞ!
 そう叫ぶ智早に、更に切れた。
 ぴしぴしと、こめかみが引きつっているのがわかる。
 

 ぶん!


 もう一冊本を投げる。が、また当らず、繪は悔しそうに思い切り舌打ちをした。

「凶暴!」
「お前に言われたくねぇわ、このキンキン頭!」
「ちゃんと金髪って言えよ!この俺の美しいヘアーを侮辱してんのか!それに、軽軽しくキンキンなんて言葉使って、愛川欣也さんや萩原欽一さんに悪いと思わないのか!」
「誰がそんな話してんだ!言うことが古いんだよ!」
「二人のキンキンに失礼だぞ、お前!」

 見当はずれな智早に、繪は一瞬言葉が詰まる。
 ああ、どうしていつもいつも、この男に振り回されてしまうのか。
 しかしもう、どうしてか、という問いは彼の中で思いつかなかった。
 ペースは見事に奪われたのだ。

「萩本欽一は、通称欽ちゃんだろ!キンキンじゃねぇよ!」
「オレの彼に対する愛称だから!」
「そっちのほうが、余計に失礼じゃねえか!敬意のかけえらもねぇよ!」
「愛情持ってるからいいんだもーん。うふっ」
「キモイ!死ね!」
「ひでー、死ねって言った!」



 そんな二人が、図書委員の生徒に取り押さえられるまで、あと50秒。





無駄なくらいにがなりあい
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ラウディー:rowdy / 騒がしい、乱暴な
喧嘩好きの