ブルー/グレイ/クラウド




 雪、降るかなあ。


 図書室のカウンターの中の椅子に腰掛けて、夢でも見ているような声で、チハヤは言う。
 それに顔も夢でも見てるように、幸せそうだ。
 もう18になる男が、それでいいのか。夢見がちとか。
 本のページを捲りながら、内心少しだけ、カイは思う。口に出しては、言わないけれど。
 それに、大して関係のないことだ。夢見がちだろうと、そうでなかろうと。
 図書室には、珍しく誰もいない。
 静かに本たちだけが、ずらりと立っている。
 饐えた匂いが、いつもよりも濃い。古ぼけた、本の匂い。
 ごうごうと静寂の中に、おんぼろのヒーターの機械音が響く。
 カイは答えないまま、頭だけを動かして外を見る。大体、鉛色を通り越して、酸化鉄に近い色をした空を見て、幸せな顔をできるのが、よく判らない。
 寒くて黒くて冷たくて。そんな空に、喜びなんて見出せない。
 少なくともカイは、青い空のほうが好きだからだ。

「カイは、青い空のほうが好きそうだな」

 見透かしたように、チハヤがそう言って笑う。
 ほとんど金色の髪が、蛍光灯の光を吸って、鈍く光っている。金属のように。それでも、空の色よりは冷たさを感じない。それは多分、チハヤが生きているからなのだろう。

「お前も、青い空のほうが好きそうなイメージだけどな」
「そう?」

 いつも底抜けに明るいチハヤには、青い空のほうが似合う気がした。雲ひとつ無い、真っ青な。夕暮れのセンチメンタルなんて、似合わない気がする。笑えない。
 でも、チハヤは笑顔で、外を見つめたまま。

「雪、降って欲しいのか」
「うん。降ったらいいよな。んで、いっぱい積もってくれてさ。地面が見えないくらい」
「好きなのか、雪」
「うん。全部見えなくなるもんな。真っ白でキレイだし」

 そう言ったっきり、チハヤは口を噤んだ。頬杖をついて、鉛色の空を見詰めたまま。
 カイはまた、読んでいた本に視線を戻す。

 真っ白くなって、全部埋もれたらいいんだ。

 おもむろに呟かれた一言は、空気に混じって聞こえるか聞こえないか、くらいで。
 ふと視線だけ動かして、チハヤを見た。チハヤは外を見たまま、動かない。
 何が、と言おうとしたけど、チハヤの顔が少しだけ、悲しそうに見えたから。


 聞かなかった、フリをした。