ス タ ン ド ア ウ ト
――さあ、がんばってこようかね。
ラケットのグリップを掴んで、右手の手首をくるりくるりと2回まわして。
へらり。
いつものように、笑う。
目立つ金色の髪が太陽の光を吸って、揺れる。
だから見ている人間はいつだって、緊張感が無いだとか、勝つ気がないのかとか、すごい余裕だとか、そんな風に思ってしまうんだ。
緊張感が、無いなんて。どこ見たら、そんなことが言えるのか。
ラケットの握り締めかた。目の奥の光。笑った顔。
それら全てが、いつもと同じなんて事は有り得ない。
笑った顔の下では、焼け付くような欲求が渦巻いてる。
試合を楽しむこと、試合に勝つこと。
熾烈な光のように、目の奥は一瞬だけ輝く。
高ぶっていく気持ちを、緊張する気持ちを、掌に込めてラケットを握る。
――チハヤ
コートに向かおうと背を向ける姿にそう声をかければ、声を出して返事をしない代わりに、チラリと見せた横顔は不敵な笑みだ。
あんな笑い方、試合のとき以外にはしない。
その不敵な横顔を見るたびに、背筋がぞくり、とする。
理由は、実はよくわからない。オレが判るのは、あのまっすぐな視線がコートに向いていることだけ。
じりじりと、灼かれるような太陽の光線が、目を焦げ付かせる。
それでも、あの背中から目を逸らさない。逸らせない。瞬きすら、忘れて。
もうプレーすることしか考えてないあの背中は、異様な圧迫感を持って、オレの目の前に在った。
対戦相手と向かい合う。
その顔は、もう笑ってなんていない。
繰り出されるプレイが、目を奪うばかりの物に満ちているとか、絶句してしまうくらいとにかくすごいんだってことは、ここにいるほとんどが知ってること。
ただ、実はあいつが不安だなんてことは、きっと今、オレしか知らない。
だけど――余裕ないあいつもカッコいいって、オレはちゃんと知ってんだ。
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