物思いスイング

これもまた、日常の一つ



 ぶら、ぶらり。

 今足は二本とも、空中で揺れている。片方の足は、自由に動かない。

― あーあ

 何でこうなったんだろうな。どうしてだろうな。
 体の前面に広がる温かい温度と、異常なほど近くにある彼の耳元。

― あーあ

 溜息は、つかない。ついたって、仕方が無いから。
 目だけは、物憂げに半眼だ。
 彼の呼吸音が、近い。
 とくとくとくとく。
 血液の音が、聞こえる。自分のものか、彼のものなのかは判らない。
 たんたんたんたん。すーはーすーはー。
 歩調と揃う、息遣い。
 手持ち無沙汰だから、こんなことを思うのか。
 いつもより、7センチは高い視界。いつもより、ずっと揺れる視界。
 ぶら、ぶらり。
 足が、また揺れた。左足が、ずきずき痛い。
 しばらく練習もできないんだろうな。

― くそ

 心の中で悪態をつくけれど、足の痛みはなくならない。
 ずきずき。ずきずき。
 ああもう、何て忌々しいんだ。

― おんぶまでされちゃったしさ

 何だかそれが、酷く自分の間抜けさを象徴しているようで。

― サイコウにカッコワルイ

 利点と言えば、いつもより視界が高いことくらいか。

「ごめんなー」

 今の現状を改めて認識したら、どうしようもなくなって、つい口から謝罪の言葉が出た。

「気にすんなって。ってーか、お前に謝られるとキモい」
「何それ、ひどいし」
「お前結構軽いなあ」

 抗議の声を聞き流して、彼は笑う。背中と腹部が密着しているから、笑いは振動になって身体に響いた。響いてくるのが嫌味の無い笑いだったから、ついつい弱音が出てしまう。

「情けねー。挫いたし、おんぶだし」
「情けないのはいつものことだろ。今更気にすんなよ」
「ほーう、そんなことを言いますか」

 腹いせに耳に息を吹きかけると、「うわ」という声と同時に、びくりと身体が揺れて、ヘンな振動をした。何だか面白くて、笑う。

「おっまえ、大人しくしてねぇと落っことすぞ!」
「へーいへい」

 わざとどうでも良さそうに言えば、さっきまでのしおらしさはどこいったんだとか、ブツブツ呟くのが聞こえた。低い声は、余計に背中を震わせる。おもしろい。

― あーあ

 へらり。今度は少し楽しくなって、笑う。
 ぶら、ぶらり。
 痛くない右足を動かした。仕方ないよな、怪我しちゃったもんは。
 ホントは少しだけ、心細かったのかもしれない。自分だけ立ち止まってしまいそうで。置いていかれるのは、嫌いだから。でももう、そんなことすら吹っ飛んで、ご機嫌だ。

― 何とかなるさ。たかが怪我だ

 そう思って、鼻歌を歌えば「子どもっぽくしてるほうが、かわいーのなぁ、オマエ」なんて、冷やかして言うから。

― こんにゃろう

 見えないのが判っていても、じろりと睨んで。
 がぷり。仕返しに首筋に噛み付いてやったら、無言のまま怒ったらしく、右に左にと身体を揺する。

 視界が、左右にぶれた。
 がくがくがくがくがくがく。
 左足が揺れると痛みが走って、思わず叫ぶ。

「ぎゃああ!痛い痛い痛い痛いって!ごめんッ!悪かったよごめんなさい!やめてっ!」

 ふん。
 参ったかと言いた気に、彼の鼻が鳴った。