碧空ヴェスティージ



 金網のフェンスを蹴り飛ばす。

― ああ、くそ。

 空が青くて嫌になる。しかも寒くて、余計にやるせなさ増長だ。

― くそう、くそう。

 コートもなしに出てくるのは寒すぎる。でも、それすら思いつかなかった。
 もう一度、フェンスを蹴った。
 がしゃん。
 金属音が鳴る。塗装の剥げ落ちて、所々錆びたフェンスが騒ぐのを止めれば、後は痛いくらいの静けさだけ。
 途端に喉の奥と、鼻の奥が痛みを持った。
 痛みと同時に込み上げてくるのは、熱の塊だ。
 唇を噛み締めて、キッと空を睨みつける。
 そうしなくちゃ、流れ出てしまう。自分が知らなかった、愚かなほどに純粋な――おもいが。
 それともいっそ涙を流してしまえば、このどうしようもない気分は流れて溶けて、苦しまなくて済むのだろうか。また、笑えるとでも言うの?

― むり

 しゃがみこんで、フェンスに指をかけた。錆びた鉄の匂いが、鼻につく。

― ばかやろう

 叫びだしたいのか、泣き出したいのか――きっと両方だ。
 頬を伝う透明な雫が、ぱたぱたとくすんだ色のコンクリートに染み込んだ。
 もう戻らない。もう帰らない。もう、此処には無い。命の灯火は、呆気なく目の前から消えた。
 存在したことすら、夢のように。

― ばかだ

 嗚咽交じりの乾いた笑いが、低く空気を振るわせた。静けさの中で、それだけが、音。
 顔を上げれば、錆びたフェンスがある。これはきっと、自分と自分が計り知れぬ世界とのボーダーライン。
 ああ、涙とフェンス越しの世界は、何もかもくすんでいる。
 壊れていくばかりの、失っていくばかりの世界で、生きていけるのだろうか。

― なあ

 碧空を見上げて、呼びかける。神に、ではない。もう見えぬ、幾人かへと。
 涙が止まったら、笑わなくては。空の色が、変わってしまう前に。
 また大きく変わる世界へと、挑むように笑いかけてやる。
 まだ、オレは生きているぞと。
 瞳を閉じれば瞼に面影。それは本物のような温度を持って、まだ笑っている。だから、平気だ。

― だいじょうぶ

 まだ、自分を騙して、生きていける。