そ れ は

き ょ う だ い 間


ミ ス テ リ ー





 その金髪頭は、ラケットを所在投げに振りながら、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をした。

「お前ら、今ごろ気付いたんか」

 いつも茫洋としつつも、明るいチハヤが渋い顔をするのは、とても珍しい。

 女はなア、恐ろしい生き物だよ、ほんとに。

 妙に実感のこもった言葉に、カイは微妙な引っ掛かりを感じて、片眉を上げる。

「恐ろしい?」
「そだろ?」
「今、怖いって話してなかったか?」
「一緒じゃねーの?」

 きょとんとするチハヤに向けて、三者三様の溜息が送られた。ああもう、根本的に話が食い違っている。

「そーじゃなくて、多分、どう扱って良いかわかんなくて怖いって意味じゃないのか」
「そうそう、それそれ」

 隣にいたサギサキは、カイの言葉にコクコクと頷く。その右隣にいたキフネも、同様だ。
 チハヤはラケットのガットに右手の指を引っ掛けてギチギチと握ると、重い溜息をついた。
 心なしか、憔悴しているようにも見える。珍しい。

「扱いなんて、フツーにすりゃいいじゃんか」
「できないから困ってんじゃんか。何かふにゃふにゃしてて、脆い感じしねえ?壊れそうでコエーもん」
「脆いだぁ?」

 素っ頓狂な声をあげて、チハヤは驚きのあまりラケットを取り落とした。
 カランカラン。
 その音だけが、妙に夕暮れのコートに響く。
 金髪の頭をガシガシ掻いて、彼は首にかけていたタオルの両端を使って、顔を覆ってしまった。
 そんなバカな。バカな!とタオル越しにくぐもった絶望的な声が、三人に向けて聞こえてくる。
 女の子の話題を出すのは、今に始まったことじゃないが、今日のチハヤは様子がおかしい。
 3人は顔を見合わせて、肩をすくめあった。一体どうしたと言うんだ。
 やがてタオルをどけると、前髪の間から、どうしようもないといった風の目が覗く。

「確かにやわっこいけど、イヌとか、ネコのほうがよっぽどふにゃふにゃだろ。多少力入れたって、壊れやしねーよ」
「えー、怖くないの?オマエ」
「怖くない。恐ろしいだけだ」
「なんで?」
「そー言えばオマエんとこ、キョウダイ、女の人ばっかだもんな」

 ふと気付いて言えば、世にも情けない目がカイのほうを向く。
 本当に珍しい。いつもギャンギャン五月蝿いコイツが、女の子の話でこんなに憔悴してるなんて。 キフネとサギサキは、こんなチハヤを見るのは初めてだ。
 事情を知っているカイは既に、ちょっと楽しんでいる。
 自由といえば、あまりに自由なこの少年の、唯一の弱点といってもイイから。

「へー。妹だけだと思ってた」
「何人キョウダイ?」
「4人。10歳と9歳離れたねーちゃん2人いる」
心なしか遠くを見詰めながら、力なくチハヤは言った。

あんな、あんな横暴なものが壊れそうとか、ありえねー。

「横暴?」
「いーじゃん、年上のねーちゃんて優しそうじゃん」
「何ですと!?君達、バカ言っちゃいかん!」
「妹とは仲良いじゃねーか」
「双子だから、仲良いってことかよ??」
「あいつはきょうだいの中で、一番まともだし、一番性格いいんだっ」

 この男に比べて、取り立てて目立つところのない妹の顔を、三人は思い浮かべる。
 フツーの子…にしか見えなかったけれど。

「しかも可愛いもん」

 イマイチ、カイ以外の二人にはしっくりこなかったらしい。
 確かに、普段学校では取り立てて目立つところはない。地味といえばそうかもしれないが、とにかくフツーなのだ。

― 確かに目立たないけど。顔はコイツと似てるもんな

 笑うとこ見てみろ、可愛いんだぞ。

 いつもチハヤがぼやいていたっけ。
 まあ、どちらかといえば、可愛いと言うよりカッコいいといったほうが適切だとも思うが、外見に似合わず妹思いの友人の為に、カイは黙っておいた。

「おまえら、女に理想なんて抱いちゃダメだぞ。大人になれば悪魔だ!口は達者だし」
「おまえよりも?」
「オレの比じゃない!」
「へえ…」
「ヒワイな話を平気で話すわ、旦那の前ではネコ被りだわ、恐ろしい悪戯しかけるわ、マッドサイエンティストだし、マッドドクターだし!弟の成長を見て楽しむしっ!」
「や、弟の成長を喜んでるんだろ?それはいいことじゃねーのか?」
「おまえらオレがどんなことされたか知らねーから、そんなこと言えるんだっ」

 うわーん。
 半泣きでカイに縋るチハヤに、一体何をされたんだと聞こうとしたが、彼の頭を撫でるカイに視線で「聞いてやるな」と止められて、サギサキは言葉を飲み込んだ。

― 女の人って、結構すごいんだ

 どこか間違った認識を植え付けられたことには、誰も気付いていなかった。