サメが二匹

  そして僕は彼らについて思考する




 眼帯をしているサメは、凶悪そうなご面相をしている割に、とてもお調子者だ。
 喋れば朗らか―どちらかといえば軽いのか―だし、中々親切で、性格だっていい。
 調子は良いけど。
 その証拠、とも言えないが、眼帯をしている下の目は、無事なのである。
 今日眼帯をしたサメを見た僕は、それはもう吃驚してしまって、怪我をしたのかとあたふたしてしまったものだが、彼は驚いている僕を見て、とても嬉しそうに笑ってから

―― 着けてたほうが、強そうに見えるから

 そう得意げに言った。
 案の定、隣にいた傷だらけのサメに「バカかお前」と呆れ顔をされていた。
 その中に、苦虫を噛み潰したような渋さが混じっていたのは、多分勘違いじゃあないだろう。
 怪我をしていないのだ、と安堵したら現金なもので。眼帯は怖さを増すから、とてもよく似合っている――なんて僕は眼帯をしているサメを誉めた。
 けれど傷だらけのサメは、いくらそれで凶悪そうに見えたって、ちょっと喋りゃあマヌケがばれて、そこで終わりじゃねえか――と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 眼帯をしているサメよりも、傷だらけのサメの喋り方はずっとぶっきらぼうで、体も大きくて態度も怖い。
 しかし彼もまた、どうして人情家、否、鮫情家だ。どうやら体の傷は、それゆえできたものらしい。
 以前に、眼帯をしているサメは、内緒で僕にそう教えてくれたことがある。
 それを聞いた眼帯をつけたサメは、いつもの通り、傷ついたフリをして「ひどい!」と叫ぶ。
 それから、ふーんだとか何とか拗ねたように言って…やっぱり笑っていた。
 傷だらけのサメのぶっきらぼうな物言いには、当に慣れっこなのだ。
 苦笑いして傷だらけのサメをふと見やれば、しかめっ面をした彼の頬に、僕は新しい怪我を発見する。
 大丈夫かって聞こうとしたら、視線に気がついた。眼帯をしたサメだ。
 そのとき、胸をよぎったのは、小さな予感。それを裏付けたのは、痛々しい視線。

(ああ――そうか)

 傷だらけのサメは、眼帯しているサメを見て、小さく溜息をつく。彼には、眼帯をする意味が判らない。外して欲しいんだろうな。ほんとは。
 でも僕は、意味が判ってしまった。眼帯を始めた理由と眼帯をしているサメの、隠れた心も。
 だから僕は笑って、眼帯をしているサメと、気付かれないように目配せを交わす。
 その視線は、言わないでねって微かに切実な訴えを浮べていて。

 あーもう、実は変に繊細なんだもんな。
 わかってるってば大丈夫、言わないよ。信用しなってば。

 僕が苦笑して見せたら、彼はとても嬉しそうに笑った。
 結構傷だらけの彼は勘がいいの、自分が一番知ってるでしょ。
 あからさまに嬉しそうにしてたら、何かあるなって自分でバラすことになるのになあ。

「お前、外せ。それ」
「何で?」
「してる意味がねえだろ」
「意味がなくても良いじゃん!良いってことにしといて?」
「はぁぁ?」

 他愛もない、サメ同士のやり取りを見てる。傷だらけのサメは呆れて、僕のほうを見た。
 何とかしろって言いたいんだろうけど、今回ばっかりはダメだよ。先約があるからね。
 お手上げって感じで肩をすくめて見せると、多少ゲンナリしたように見えた。ごめんね?
 君が危ないから外して欲しいって思ってるのも、ちゃんと判ってる。後で伝えておくから。
 それでも――今は、辞めろって言えないんだ。
 僕ら以外は、馬鹿馬鹿しいって笑うかもしれない。間違ってるって、呆れるかもしれない。だけど、眼帯してるサメの気持ちが、僕にはわかっちゃったんだ。
 ハメを外しすぎたのか、眼帯をしているサメが傷だらけのサメに、やや険悪に追い掛け回されている。響く悲鳴を、僕は笑って聞いた。
 結局、仲良しなんだ。

 間違ってるって思っても、責めないであげてよ。嫌な顔しないであげて。
 彼は君の傷を引き受けられないから、眼帯をしてる。そうすることで、君が痛みを覚えた過去を、分かち合いたいだけなんだ。いっそ、自分が傷ついたほうが良かったって、彼がそう言えずにずっと思ってるって知ったら、君はどんな風に言うかな。
 眼帯をつけて、傷があるみたいにしたら――同じ視点に、少しくらいは立てるかもしれない。そうしたら、ずっと一緒に入れるんじゃないかって。離れちゃうのが怖くて、そう思ってるだけなんだよ。
 ずっとずっと、君と一緒にいたいって思ってるんだ。
 そんなこと言えずに、君だって一緒にいたいって思ってることも知らずに、彼はいつも君にちょっかいをかけて、笑っています。ただひたすら、純粋な、こころで。
 どうか、成す術もなく精一杯の彼と、不器用な彼を一緒にいさせてあげてください。神様。
 あなたが存在するのなら、どうか。
 一緒にいようねって言えない、お互いの不器用さを、どうか許してやってください。

 賑やかな向こう側を見て、僕も「逃げろー、追っかけろー」と大声で言って、煽った。
 眼帯をしているサメが「無責任だぁ!」と叫び返したのが聞こえる。まだまだ余裕?
 そう思っていたら、急にしん、と音が止んだ。
 あーあ…このパターンは、あれだよ。

 案の定沈黙の後に、悲鳴が響く。

 ビンゴ。

(やっぱり噛まれたか)