無機質なのに有機な音を聞いて、

   次の次に来る季節の中を想う



 クリアなオレンジのシャープが、紙の上を横に走っていく。
 細長い、ごつごつとした手が生む文字は、クセがあるのにバランスが好い。
 あれほど日に晒された肌の色素は、まだずっと外に出ているにも関わらず、もうほぼ抜け落ちている。
 しかし、元から日焼けをしにくいらしく、殆ど焼けていないというのが本当のところだ。
 明日提出らしい、数学のプリントの印刷文字は、面倒くさそうに横たわっている。クセのある肉筆は、それに面倒くさそうな雰囲気を更に色づけた。
 文字を書く手の主は、それ以上に面倒くさそうに、何でもないことのように問題を解いていく。
 数学は嫌いだとか言っている割に、問題が解らないとか、解けないと言っているのを、聞いたことがない。嫌いだけど、苦手ではないということか。
 オレンジ色のシャープは、動きを止めない。意外にも、スッキリと見易く書かれた計算式。
 埃がこびりついて白くなった窓ガラスが、光を淡く、優しく変えた。
 彼の横に積まれた本のブックカバーが、エナメルのように鈍く、鮮やかに光って。
 利用者の居ない図書室で、それは穏やかに蔓延していく。
 本の匂いと埃の匂いが、不意に気になったから顔をあげた。充満する光は、白い。
 棚には不揃いの本たち。重そうな椅子と机が、図書館に相応しく真面目に床に立っている。
 カウンターの中から見える世界は、ある意味で無音の世界。

 シュラ、カカカ

 聞こえるのは、シャープが紙と話して、芯が笑う音だけだ。それがことさらに、無音を演出している。

「あー」

 その空気を裂くように、隣からウンザリした声がした。

「メンドクサイ」

 人差し指と親指につままれたシャープが、シャカシャカ揺らされて、光を撒き散らす。
 こちらを向いた顔は、声そのままの表情。

「ごしゅうしょーさま」
「棒読み?」

 苦笑したら、揺れる金色の髪。白い部屋に、似合いの淡い色。
 外はもうすぐ、冬の風が優しさを被った温い風に捕まる季節になる。新しい緑はまだないけれど、きっとそれももうすぐで。
 桜色に世界が染まれば、やがて来る最期の夏に向けて、更にがむしゃらにラケットを振るんだろう。想像のできる、近い未来。
 その時、隣に居るこの男はいつも通り何事もないような顔で、ヘラリと笑って勝負に挑むのだ。
 春という柔らかな空気に、甘えることもしないで。至極、それは当り前に。

 シュラ、カカ、カ、シュ。

 視界の隅でオレンジと金色が揺れれば、また、シャープが紙と会話する声がした。