久々に、見たような気がした。
 こんな風に、どうしようもないっていうような、定まらないコイツを。
 集中しきれてない。

 どうもダメだ。調子が狂う。

 溜息をついたオレに、やっとコイツは視線を向けた。
 いつも強い光を持つ瞳は、ひどく不安げで、不安定に揺れて。
 それでも、笑っていた。少しだけ、不恰好に。

「そんなに、大事かよ?」

 そんなこと言うつもりなんてなかった。
 触れちゃいけないことなんだって、コイツの中の紙一重だと知っていたのに。
 しまったと思ったけれど、もう口から出てしまった。
 無かったことに――できるわけなんてない。
 無理に口の中にある唾液を嚥下しようとして、口の中に水分がないことに気づく。
 ああ、緊張してんのか、オレが。
 自分の中で決めていた境界線を、こんな形で踏み越えることになるなんて思わなかった。

 壊れるな。
 ただ、そう思った。
 頼む、壊れるな。
 目の前の、コイツも、あの子も、アイツも。みんな。
 頼むから。誰も、壊すな。

 目の前で不恰好にいつも通りに笑おうとしていた顔は、ゆっくりと、自然な――泣きそうな顔で、優しく笑った。

「うん」

 泣きそうな顔で。でも、はっきりと。
 知ってるよ。それがオマエの当たり前だってことくらい、知ってるよ。昔っから。
 守ろうって、大事にしてるって、そんなこと側にいて気づかないやつがいるもんか。ばかやろう。

「知ってたよ。ばか」
「なら聞くなよー」

 それでも。
 いつも通りにへらりと笑って、当たり前のようにそんな重い決意を持ったままなオマエを、すごいって思うよ。

「たまに誰にも渡したくないって思うよ」
「うん」
「曲がった愛情だし」
「わかってる」
「それでも、恋じゃない」
「…知ってる」
「だから、オレ大丈夫だよ」

 うそつけ。
 そういう代わりに、7〜8cmは小さなコイツの頭をわしわし掻き混ぜた。
 恋じゃない、狂おしい愛情ってどんなもんなのか、オレにはわからない。
 そんでも、こんな――ばかなコイツを、オレは尊敬してる。
 間違ってたっていい。大体、どれが間違いかなんてオレは、知らない。
 ばかなコイツに、ちょっとだけ愛しいって気持ちがどんなもんか、オレは教わった気がする。

「ばーか」

 鼻で笑ってそう言ったら、安心したみたいに笑った笑顔は、やっぱりいつもと違っていて。
 けどオレじゃあ太刀打ちできないくらい、コイツは強いんだ。
 負けんな。
 わしわしと髪をかき混ぜながら、ひたすらそんなことを…思った。
 壊れるな。壊れるな。
 願わくば、無理な話かも知んないけど――間違ってるなんて誰も言うな。

 でもたとえ間違ってるって言われても、コイツはその胸に一本たった信念を、絶対折ったりなんてしないんだろう。
 誰も、認めてくれなくても。
 何もかんも、失ったって。
 やっぱりばかやろーだ。大バカだ。

 でもオレはこんなばかやろーが誇らしくて。 少しだけ。

  多分、少しだけ――愛しいんだ、と思う。

  愚かだっていい。間違ってたっていい。馬鹿だっていい。
  間違っちゃいけないなんて誰が決めた?
  そんな清い愚かさを、誰も踏みにじったりなんてできない。

  だからそんな愛すべき馬鹿な君に ほんの少しの小さな、愛を。