ゆ  ら    ゆ        ら 




   ゆ   れ  て








消     え   て い       く


















控え室の扉を開けると、同僚の女が目の前のテーブルに座っていた。
きっちりしていそうな感じで戦線に立つイメージではないのに、妙に軍服の擦れた雰囲気が似合うと、そんなことを思う。
キツイ感じで…いや、キツイと言うより冷たい感じ。



― 冷たいッつーよりは『涼しい』だな、コイツは。



「なんで突っ立ってるんだ?」



こちらに視線を投げかけて、しごく簡潔な言葉を投げかける。
女にしてみれば、扉を開けたのに入りもせずにそこに突っ立っている男の姿は不思議だろう。
いや、別に?と言いながら、男は扉を閉めると、女の向かい側の椅子を引いて腰掛ける。
そうする間にも女は別段気にする風でもなく、既に手元の資料に視線を戻していた。



「なぁ」
「何」
「それ、今度の作戦資料?」
「そう」



呼びかければ、いっそそっけないほどの単語でしか返さない。
しかし男はこの女が嫌いではない。
誰にも媚びたりする様子を見せずに、飄々と立っている女が。


入隊当初はわからんヤツだとも思ったけれど。


しかし知った。


無愛想なのはただの不器用で。
図太いくせにどこか繊細で。
きっちりしているようでズボラで。
クールなくせにどこか熱くて。
しっかりしているのに、どこか抜けているということを。


しかしやはり愛嬌があるというより『涼しい』イメージは離れない。
事実この女は頭が冴えているし、どこか必ず冷静なところがあるからだ。



「なぁ」
「何」
「煙草吸っていいか」



答える代わりに、灰皿を差し出される。

サンキュと笑うとシガレットケース煙草を取り出す。
一本咥えていつもシガレットケースに入れてあるライターを取り出そうとした…のだが。


「あ」


胸ポケットを左右2度叩いて、ズボンのポケットをパンパン叩きながら探る。



― ライターねぇーじゃん。



情けなく眉根を寄せてライターを探そうとすると、女が胸ポケットを探って、一本ライターを取り出した。


「使うか?」
「使いマス」


ん…と無造作に差し出されたライターを取って、煙草に火をつける。
何気ない、こういう仕草が女を嫌いではない、もうひとつの理由だと思う。


「おまえ、煙草吸わなかったよな?」
「吸わないよ」
「そうか」
「コーヒー入れるけどどうする。飲むか?」
「ああ、頼むわ」


席を立ち、コーヒーポットに向かう女の背中を見やってから、男は手の中にある細身のライターに目をやる。
女物とも男物とも取れないが、細工の細かい、きれいなライターだと思った。
ところどころ傷がその細工を横切ってはいるが、それでも繊細さは損なわれていない気がする。


「キレイだな、装飾。傷が多いみてぇだけど。そんでもキレイだ。」
「ありがとう」


女の後姿が笑ったのがわかった。


「煙草」
「んぁ?」
「ヒンメルだろ、それ」
「よく…わかったな」
「知ってる人が吸ってたんだ」


匂いが同じだったからと女は微笑みながら、男にコーヒーを差し出す。
プラスチックのカップと引き換えに、男は女にライターを返した。


今確かに女は知っている人が吸っていた…と言った。
懐かしむような微笑を見て、なんとなく男は悟る。


― 要するに形見なんだな、ライター。


いつか聞いたことがあった。
女がどうして軍に来たのか。
この時代、珍しくも何ともないが、誰か大事な人間を亡くしたということ。
女なのに隊長クラスで、戦線に立っていると言うことは、もの珍しさに噂をするやつも多い。
眉唾物もあるにはあるが…こればかりは確かすぎる筋だから本当なのだろう。


「まぁ、吸いすぎないようにすることだな」
「オレは適量守ってるぜ?」
「嘘つくな、ニコチン中毒。肺も黒くて、それにクセモノだから腹も真っ黒だ、お前は」
「ひっでぇの」


むぅとむくれる男を見て、女が楽しそうに笑った。



「あのっ、たっ、隊長いますか!?」
「どっちの隊長?」



いきなり開けられた扉に、気を悪くする風でもなく、そんな軽口を叩きながら男は扉のほうに顔向けた。
青ざめた顔、恐怖で引きつる顔。
ただならぬ様子に、男と女の顔が引き締まる。


「どうした」
「今、A班G-19地区の見回り中に、廃墟のビルの横を通過中に破壊されてっ」
「それで?」
「A班5名のうち、3名が即死、1名重症」
「残り1人は」
「自分です」
「そうか…」


男は目を閉じ、髪をぐしゃぐしゃ掻きまわすと、ふぅと煙を吐き出した。
そして、悔しそうに顔を青ざめさせている部下の肩に、手を置いて、よく無事に戻った…とだけ言う。


― 全滅じゃないなら、誰か一人でも生き残るなら、まだマシだ。


決してそうではないのかもしれない。
でも男はそう思う。


「佐伯」


女の声が後ろから飛んだ。


「13キロ先に、拠点がある」
「そうか。1番隊2番隊全員に伝達しろ。速やかに撤退準備をしろと。敵さんこちらの位置を爆発でおおよそ掴んだはずだ。重傷者に応急処置でもなんでも、処置をしろ。そんで、B班、怪我人を最初に本部に搬送。残りは15分以内に準備しろ。本部に帰る。大急ぎ。」
「ハイッ」


立ち上がると一息で言い切る。、
駆けていく足音を聞きながら、男は煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
光の筋に煙がまぎれてもやもやと形を成し、徐々に消えていった。


「煙ってぇのは儚いな。消えちまう、空気にまぎれて」


そこにあったことすら、なかったように


「人の命も、儚いな」
「命は、一度きりだから」


淡々とした女の声。
こんな仕事だ、人の死に直面することなど、多すぎて。
そのたびに思う。
いともたやすく、命は消えてしまうのだと。


「でも私が知る限り、煙に匂いがなかったことはない。煙と同じに、人は消える前に生きている何か残すものだ。いつか同じ匂いを嗅いだときに、それを思い出す。」
「…そういうものかもな」
「おまえが忘れてやるな。それだけでも、違うもんだから」


まっすぐ自分を見て、紡ぐ女の言葉が、ライターの傷を思い出させた。


男は女の顔を見て笑うと、女もつと微笑んだ。
煙草の火を消し、歩き出す。


扉に手をかけて、振り返り、女の名を呼ぶ。


「久埼」
「2番隊のところへ行く」
「頼んだ」
「ああ」


扉から男が出て行くと、女も資料をまとめ、手にもてるものを持って外に出た。


「久埼隊長」
「中のもの、撤去頼んだ」
「ハッ」


― そう思わなきゃぁ、救われないじゃないか。


指示を下しながらも、頭の中ではさっきの会話がめぐっている。
どこか泣きそうに見えた、男を思い浮かべて。


― 生きている人間が覚えていれば、覚えているだけでも人は救われるから。


矛盾している考えだとは思う。
それでも、決着をつけなければならないのは、生きているほうだから。


― 忘れなければ、まだ人は死なないと思えば、少しは違うから


女は知っている。
そう思っていても人は傷つくということを。
だからこそ、そう思っていたいと、そう思うのだ。


女は空を見上げた。
さっき男が吸っていた煙草を思い出す。
ヒンメル…『空』という名前の煙草と、亡き人の面影を。








ゆ      ら    ゆ     ら



         ゆ        れ      て



       儚       く




消                     え                て




        で   も










      忘れないで















女は思った。




明日の空も、あの日のように



…ムカツクくらいに晴れるだろう