ぎゃぁぁぁんっ
 目の前で泣き喚く小さな怪獣。
 どうして良いものか悩んでしまうのは、どうしようもないことだ。…多分。いや、絶対。

(うるせー…)

 もともと、子どもが大して好きなわけじゃない。というか、泣き声がダメだ。
 正直、耳栓が欲しい。
 怒鳴りつけたいが、そんなことをしたら余計にギャンギャン泣き出すのは目に見えている。
 しかも泣いている理由を考えれば、この怪獣が悪いわけでは決して無い――はずだ。

(あんのバカ女)

 怪獣の母親の顔、つまりは自分の姉の顔を思い浮かべる。彼女がこの状況を作った張本人でなければ、一体なんだというのだろう。
 何が「あたし出張なのよ。また1週間預かってね、よろぴくぅ〜」だと言うのか。天真爛漫も時に罪になるということを知らないのか。知らないからやれるのか。
 人の平和な土曜日の朝を壊していることすら、自覚してないに決まっている。
 彼女がここのところ、この怪獣の面倒をしっかり見ていることがあっただろうか?
 最近は月の半分以上、怪獣が自分のマンションにいる気がしてならない。

(大体、母子家庭で、月の半分以上出張ってどーなんだよ)

 基本的に無責任なのだ。それが服を着ているとしか思えない。
 へろへろした姉の笑顔を思い出す。

(無責任な上に、無神経だ。あいつは)

 思い切り舌打ちしようとして、怪獣が怯えて更に泣き出すのではと思って思い留まる。
 頬や鼻、目を真赤に晴らして泣いている怪獣。
 悲しいのか寂しいのか。それとも両方か。
 まだ幼すぎてぷくぷくした手は、涙を拭うこともせずに彼のお泊りグッズを入れたリュックを握り締めたまま。
 泣いているのはうるさい…とは思うのだけど、基本的に5歳の子どもに罪は無い。むしろ被害者か。
 しばらく離れていて、4〜5日一緒に居たら、子どもにしてみたら母親と離れがたくなって、寂しくなるに決まっている。悲しすぎて、人間は怪獣に変身だ。
 どうすりゃいいんだ。小さく溜息をついて天井を仰いだ。
 誰かが答えをくれるわけもないが。
 もちろん天井には何も無い。どうしようもない。
 何も無い頭上から、目を逸らせない現実へと頭を戻す。
 ふとガラステーブルの上に置きっぱなしになっているケータイに、目が留まった。
 もう一人、怪獣を飼っている――
 テーブルの上のケータイを、彼は鷲掴みにした。




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