『は?』

 受話器の向こう側にいる相手の反応は、至極普通の範囲だ。普通のお手本みたいな反応だ。
 返事をした瞬間に、抑揚の無い声で助けを求められるなんてことは普通、無い。
 BGMは、相変わらず怪獣の悲しみの咆哮。
 数瞬の沈黙の後、受話器からする気遣わしげな声が、怪獣の名前を言い当てた。

『…ハル?』
「おぅ…。怪獣出現だ」
『その泣き方は…大変だな』
「そう思うなら助けろ」

 きっぱりと、ただ、頼みごとをするには随分と不遜な態度だ。
 それでも話し相手は気を悪くすることもせず、ケータイの向こう側で少し笑ったようだった。

『じゃあ、ウチの怪獣にでも会いに来る?』
「それを狙ってたんだ」

 彼は口の端を少しだけ上げる。
 ちょっと待ってろと受話器を耳から離し、怪獣へ声をかけた。

「ハル。コータと遊ぶか」

 しゃくりあげてはいるし、大きな目が涙を乗せたままだけれど。
 叫ぶのをやめて、怪獣は叔父にあたる彼をじっと見つめ、まばたきを3回して――

「うん」

 素直にこっくりと頷いた。

「…行くってよ」
『わかった。コータと代わるよ。コータァ』

 はぁーい。返事をする幼い声が、耳から離した受話器の向こうで聞こえる。

「おう。ハル、コータ。」

 携帯を差し出せば、怪獣はまだしゃくりあげているくせに、目を輝かして差し出された手から携帯をとった。

「うん。今ね、そーちゃんの家にいるッ、んだよぉ。へー、そうなんだー。ひっく。ううッ、ん。えっ、ホントにぃ?うん。ひくっ…。うん、大丈夫だよぉ。はぁい」

 何だか、語尾の延ばし方が女子高生みたいで、ちょっと可笑しい。
 しゃくりあげながら、へらへら幸せそうなのも、笑える。
 話し終わったのか、無事怪獣から人間へと転身を遂げた小さな手の持ち主は、満面の笑顔で「はい」とケータイを返してくれる。悲しい気持ちの欠片なんて、もうどこにも見えない。
 現金な奴だと、苦笑を噛み殺して小さな手から携帯を取り上げ、耳にあてた。

『もしもし?聞こえる?』
「おー」
『ナンだったら、お泊りグッズ持って来たら?』
「そーするわ。酒ある?」
『うん、あるよ。お前もお泊りグッズ持って来い』
「ん」

 また後でと電話を切れば、右足に絡みつく温かな物体。
 見下げた先には、人間になった小さなお子様。
 目が潤んでいるけど、こちらを見上げている顔はとても楽しそうで。
 頭をガシガシなでてやれば、幸せそうにえへへと笑った。

(現金なやつ)

 それでも憎めないのは、子どもがそう言うものだと判ってきたせいか。
 それとも、笑った顔がそう思わせるのか


「おら、リュック自分で持て。行くぞ」
「はぁい」

 しっかりリュックを背負って我先にと玄関へ駆け出す小さな体を目で追って、こんなときのために作ってある自分用の『お泊りグッズ』のバックを取り上げた。

「そーくん、早くいこー!」

小さな体を目いっぱい伸ばして手招きする姿に、小さく苦笑した。


――泣いたカラスは、立ち直りも早いんだ。




「んもー、そーくんうごきにわかさがたりないよー!!」

「…あ゛ぁ?」





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