ゆるりゆるゆる。
 季節が変わっていく、熱を帯びかけの風が、まるで体をすり抜けるように通り過ぎていく。
 古びてザリザリとするコンクリートから、土の匂いがした。昼過ぎの温もり。
 目を閉じて耳を澄ませば、校庭から聞こえる本日唯一活動する、試合の近いサッカー部の気合の入った声。

(青春してるぅ)

 うひひと笑って、目をあけた。
 そうすれば飛び込んでくるのは、落ちてくるような眩しい空。
 旧校舎の上は、サボるにもボーっとするにも格好の場所だ。ここにくるまでに難関があるうえ、校舎自 体に入るのにコツがいるため、自分や自分の友人以外は絶対に侵入不可能だ。
 あと入れるのは、旧校舎の鍵を持った教師陣くらいしかいない。
 しかも新校舎からは、見えないときたもんだ。
 不慮の事故さえなければ送れる、静かな落ち着いた快適ライフ。何てサイコー。
 この古びた匂いに錆びつき気味のフェンスが、中々イイとチハヤは思う。これぞまさに学校と言う感じじゃないか。そうさ、これぞ素晴らしき青春。
 傍に放り投げたままのカバンを、手探りで探して、自分の方へと引き寄せた。
 カバンの方を見もせずに、器用にジッパーをあけて、中からシガレットケースを取り出す。
 その蓋を開けようとして――ふと小さな物音に気付く。とてもとても小さな。

(足音)

 耳のいいチハヤには、それが二人と言うこともすぐに判ったし、片方がとてもよく聞きなれた足音だったから寝そべったまま起き上がることもしなかった。
 向かっているような、気がしていた。
 やがて扉の軋む音して、そこから見覚えのありすぎる顔――双子の妹の顔が覗く。

「ちーちゃん発見」
「発見されちゃった」

 舌をチロリと出して見せると、妹がほんのりと笑った。同時に、彼女の頭の上からもう一つ少年の顔が覗いて、こっちにむけて穏やかに笑う。

「やぁん、ミナミちゃーん」
「そんなに会いたかった?」
「モツロンさ!」

 ケタケタ笑いながらムクリと起き上がって、金色の頭を2、3度振った。やっぱりコンクリートに直って言うのは、結構痛いもんだ。
 彼女はそんな姿を見て、眩しそうに目を細めると、コチラへ歩いてきてぺとりと真正面に腰をおろした。
 ミナミも扉を律儀に閉めてから歩いてくると、チハヤの横に座り込む。

「ここだと思った」
「うん、来ると思った」
「やっぱりわかるものなの?」

 兄弟の会話にミナミは笑いながら、穏やかに言葉を入れた。
 ユトとチハヤはミナミを一秒見つめた後、二人で顔を見合わせて、パチパチと2回瞬きをする。
 その表情が驚くほど似ていて、まるで合わせ鏡を見ているよう。

「どこにいるかとか、何考えてるかとかは」
「何かわかるよな」
「わかるね」
「うん。そんな感じ」

 二人でそうまとめると、また同時に自分を向いて頷くから――ついついミナミは笑ってしまう。

(双子ってこんなもんなのかな)

 片方はテニス部の全国区。金髪で、お祭り騒ぎが大好きで、目立つ。
 片方はバスケ部のマネージャー。栗毛の、大人しい目立たない感じの女の子。
 全然違うのに、とてもよく似ている。
 見ると、やっぱり顔立ちはよく似ているのだ。なのに、二人の事を知らなければ兄弟なんてちっとも判らない。不思議な双子。
 でも何だかこの二人が一緒にいて、それを見ているだけで楽しい気分になれる。
 まるで、幸せの成分。

「あー、テストも返ってきたし、部活に専念できるってもんよ」

 幸せな金色が風に揺れて、薄い茶の瞳が楽しそうに煌めいた。
 スポーツをしている割に華奢な腕が傍らのカバンを引き寄せ、よれた大判の紙を取り出すと、鼻歌を歌いながら何かを折り始める。
 ミナミはその紙の数字の羅列を、一瞬確認する。

(数字?)

「こんな確認作業に用は無いってぇの。なぁ?」

 にやり。ミナミへと不敵に笑って、折り上がったヒコーキを、右手のスナップを利かせて飛ばす。
 紙ヒコーキは綺麗な長い軌跡を描いて、パサリ、乾いた音を立てて、コンクリートに着地した。

「すごいすごい」

 ぱっと笑顔を咲かせて、ユトは立ち上がって紙飛行機へと歩き出す。
 プリーツスカートのすそが風に揺れて、ふわふわと踊るように軽く舞った。
 その瞬間、朗らかな声でチハヤが「ミナミちゃぁん」と、ミナミのタイを引っ張る。タイが感じる、思いのほか強い力。
 驚いたミナミの瞳に飛び込んでくる金色。
 ニコ。声と同じように朗らかな笑顔。
 ただし、次に小声で言ったことはあんまり朗らかではなかったけど。

「パンツ見えるかも知れないから、見ないであげて。是が非に」



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