「ちーちゃん、途中で飽きたでしょ」

 苦笑した、理由を把握したらしい優しい声が、答案用紙へ風と一緒に吹きかかる。
 金色の紙を揺らしながら、兄はにんまりと満足そうに笑った。その通りらしい。

「ある程度書いたらメンドーになるデショ?」

 85点あるから他やらなくても問題ないもん。
 そう朗らかにのたまうと、ユトの手から答案をそっと取る。
 まるで答案が壊れものかのようだが、妹が紙で手を切ったりしないようにという配慮なのだろう。

(やっぱり妹に関しては、結構必死じゃん)

 ミナミの考えも知らず「テストも青春のうちだからやるのさ!」
 妙にキザに言って、チハヤはヒヒヒと笑う。
 顔を見合わせるユトとミナミの横、折り目に沿ってもう一度紙ヒコーキを作りなおすと、手首を動かして飛ばした。
 まるで空気を裂くかのように、青空を裂くかのように、白い紙ヒコーキが飛ぶ。
 パサリ。乾いた音を立てて着地したヒコーキを迎えに、妹がもう一度立った。

「テストで紙ヒコーキ。古びた屋上で、青空の下飛ばす。青春じゃねぇ?」

 にししと笑うチハヤに、ミナミは笑って「ぽいよねえ」と同意した。
 デショ?と開いたままのジッパーの内側に、チハヤは手を突っ込む。
 シガレットケースを取り出すと、今度は裏がある笑顔で、彼はニンマリ笑った。

「青空の下で喫煙もねー」

 人差し指で蓋を開けると、ミナミに箱を向ける。

「吸う?」
「イタダキマス」

 得意げな言葉に笑いを堪えて、ミナミはシガレットケースに手を伸ばす――が、すぐに訝しげな顔に変わった。

「何?」
「中身、違わない?」
「へ?」

 やたらと疑問符を飛ばして二人は顔を見合わせあうと、同時にケースの中を覗き込んだ。
 そこに溢れるのは、カラフルでポップな色たち。
 ふと思い当たって、チハヤは自分の妹の方へ顔を向けた。
 満足げにほっぺをピンクにして、ニッコリ笑う妹が自分たちを見ている。
 コンクリートに膝をついたせいなのか、ひざこぞうがほんのり赤くて、何だか可愛らしいなと場違いなことを思う。

「実は朝、こっそりアメに変えちゃったもんね。残念でしたっ」

 ひょいと紙ヒコーキを、二人へ向けて飛ばす。
 意外にも飛距離はチハヤのそれより伸びて、差し伸べかけた掌にすっぽりと収まった。
 ニシシ。
 普段の彼女から想像できない悪戯が成功したような笑顔は、彼女の兄とやっぱり瓜二つで。

(敵わないなあ)

 ミナミと実の兄が意味なくそう思ってしまったのも、無理は無いことだと、ここにいない友人二人だって判ってくれるはずだ。
 チハヤはミナミにセロファンに包まれた薄いグリーンの色を手渡すと、自分はオレンジ色をした玉をひょいと口に投げ入れた。
 ベタベタしない、甘すぎない。
 ミナミのほうへ顔を向けてと目が合えば、彼は舌を出して、上にのせた薄いグリーンをチハヤに見せた。
 ミナミは面白そうに目だけで笑う。
 楽しそうに歩いてくる妹を横目に、チハヤは空を仰いで苦笑した。

 ゆるり、ゆるゆる。
 熱を帯びかけた季節の風が、三人の間を笑ってすり抜けていく。
 眩しい空が降ってくる。
 お互いに笑いあう。
 それはありあわせで、極上な――幸せの成分。

 そんな君の笑顔が好きだぜマイシスター。

 ヒトリゴトが聞こえたらしい。
 ミナミが穏やかに微笑んだのが、横目に見えた。



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