しゃらしゃら。
 ぽぽ、ぱ。

 まろやかな雫の群れは、幾千もの筋になり地面を叩き。
 濡れて水に浸る地面は、それを受けて歌を奏でた。
 校舎の中、雨のせいかブラスバンド部の演奏する音が遠い。
 窓を、校舎を叩く雨の音は、静かなそこへ幾層もの音色を反響させる。
 まるで染みわたるように。
 誰もいない学校の生徒用玄関、その光景を見た瞬間、つい一瞬ぼんやりと水に溢れた外を眺める。
 外は、本当なら夕暮れが夜の手を引く頃。もうしばらくしたら、暗くなってしまう。
 部誌を提出しに行っている間に雨が降るなんて、なんてベタなシチュエーションだろうか。

(どうしようかな)

 濡れてもいいから、帰ってしまうべきなのか。
 この雨の量じゃあ、駅に辿り着く前にずぶ濡れになるのは間違いない。
 電車に乗るのに、ずぶ濡れって言うのも――ちょっとイヤだ。
 荷物が濡れるのも困る。

(部室に誰かの置き傘あるかな)

 誰かの置き傘があったら、メールで了承をとって借りよう。

(しょーがないか)

 ユトが一つ溜息をついた瞬間――

「…ハルカ?」

 唐突にした、聞き覚えのある柔らかい声に驚いて振り返る。
 色素の薄い、亜麻色の瞳。

「ミナミ?」
「どうして疑問系なの」
「びっくりしたから」

 柔らかく笑って、上履きを下駄箱にミナミは突っ込む。
 ガタン。
 静かな中に、大きな音。
 ミナミが、横に並ぶ。
 半袖になったばかりの夏服のシャツが、雨の中なのに眩しく思えた。
 結構降ってるね。そう言ってミナミは空を見上げる。
 ユトへと視線を移すと、少し小首をかしげた。

「傘は?」
「持って来てないんだ」
「それなら駅までご一緒に」

 ミナミは至極当り前かのようにそう言うと、右手の親指と中指の間に折り畳み傘の柄を挟んで、ゆらゆらと振って微笑んだ。
 そしてふと思い出したように、彼女の双子の兄の名を付け加える。

「もしかしてチハヤ待ち?」
「う、ううん。ちーちゃん、今日他校に練習試合に行っちゃったから」

 ふるふると首を振って言えば、ミナミは相変わらず優しく、そっか、と言った。
 いつも変わらない優しい声と笑顔。
 ただ最近、悲しそうな笑顔が、少しだけ減った。彼はそれに気付いているだろうか?

 ぱたり、ぱたた、ぽぽ、ぱ。

 雫の音が、染みわたる。
 今目に見える世界に染みわたるガラス色の雨は、とても彼によく似ている。
 ミナミの長い指がヒダを軽く解いて、折り畳み傘を開いた。
 パチリ。薄暗い中に咲いたのは、若草色に似た優しいグリーン。

「行こっか」

 ふわり。
 笑った顔は、やっぱり、どこか大人びていて。
 それでも、あまりにも透明すぎる。

 あまりにも――奇麗だった。

 一瞬、雨の音が、聞こえなくなるほど。



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